私は井の中の蛙である。大海を夢見ること無く、隔日でこの山の 中を彷徨っている。最近インターネットで目にした記事によると、認知性を防ぐには、
息が軽く切れる程度の早足で、1日30分程度、週に合計150分以上歩く。
と効果があるようだ。インターネットの記事なので、話半分の取り扱いが必要であるが、参考程度にはなる。
一日30分程度には該当しないが、私は隔日で3時間歩いているので、週に150分以上の条件は十分クリアしている。
というより、一回で一週分の条件を満足している。待てよ、この文言はおかしくないか?
毎日30分以上歩くのだったら、週には210分以上ではないか! と読むのは大人の解釈の
仕方ではない。この文章は毎日歩けと言っているのではなく、週に5回程度を目標に
せよと書いてあるのだ。
昔から良く言われているのに、「一日一万歩」というのがある。これは単なる語呂合わせと考えるのが良い。
一万歩といえば、個人差はあるが7キロ程度になる。毎日7キロというのは高齢者には無理である。私などは
平均すると一日5キロであるが、これで十分である。色々な表現に惑わされること無く、自分にあった
歩き方をするのが良い。一日中、家に閉じこもって全く外出しないというのは、歩ける間は避けたほうが良い
というのが現実的なところである。
断っておくが、私が隔日で10キロ程度を歩くのは、認知症予防のためではない。ただ、下見五座を愛するがためである。
賀茂台地を散歩していると、あらゆる方向に山が見えるので、大海を夢見なくても山の向こうには何があるかと
思いを馳せることができる。
記事66に出てくる鷹ノ巣山という
のは東広島市民にとってはランドマークである。インターネットで「鷹ノ巣山」と検索すると、関東百名山の
鷹ノ巣山(1,736m)がすぐに出てくるであろう。我が鷹ノ巣山は標高922mで、高さでは関東の山に遠く及ばない
が、ここは中国山地の中であり、最高峰の大山でも標高1,729mの地域である。しかも我が鷹ノ巣山は
東広島市の北限でもある。鏡山山頂から辛うじて鷹ノ巣山が見えるという事実は我が東広島市の誇りであると
個人的には思っている。因みに、南方向には野呂山があり、色々なところから見える。大学キャンパスの中からでも
見ることができる。南限は明確であるが、北限は見えにくい土地柄だ。
上の写真は私の散歩コース(平地区間)のある場所から北方向を撮影したものである。NTTドコモの携帯基地鉄塔が
目立っているが、その左に山のピークが3つある。左端は南条山、その右は虚空蔵山、その次は同じく虚空蔵山の
山頂以外のピークである。夏の後半、稲がそろそろ黄色くなって穂が出始めた頃の撮影だ。
散歩から戻ってこの写真をパソコンで表示したら、件の鷹ノ巣山はどのあたりに見えるのか気になりだした。
そこでカシミール3Dを立ち上げ、写真の撮影場所と鷹ノ巣山山頂とを結び、視線を表示してみて驚いた。
撮影地点から鷹ノ巣山へは谷が多く、ただ一点のみで視界が遮られている。この一点を少し削れば(もちろん
それは不可能であるが)撮影地点から目指す鷹ノ巣山の山頂が見えると分かったときは宝物を探し当てた
ようにさえ思った。
暇つぶしのための絶好の課題ができたので、撮影した写真をつくづくと眺め、解析方法を考えた。写真を
良く見ると虚空蔵山の右に写っているピークのほぼ頂上に電力鉄塔が見える。ここに掲載している写真は
スペースの関係で横幅を450ピクセルに縮小してあり、見えにくいが、携帯基地局鉄塔の両側に合計3本の
電力鉄塔が確認できる。国土地理院の地図上にはありがたい事に電力送電線が記入してある。電力鉄塔の
位置は国土地理院の地図では類推しか出来ない(電力送電線が折れ線をなしているところには鉄塔が
あると推定できる)が、google earthの航空地図を使うと、電力鉄塔の位置まで分かる。電力鉄塔の
位置が分かったので、カシミール3Dを使って鷹ノ巣山の方向が決定できた。推定した方向を写真に下向きの
赤い矢印を重ね書きしてみた。私の解析道具と技量では結果の信憑性に疑問が残る。SYGの技術担当に
資料をお送りして確認作業をお願いした。
技術担当の方は私のような暇人ではないので、ご回答いただくまでには少し時間がかかるだろうと
考えながら写真を見て突拍子もないことを思いついた。カシミール3Dでの解析結果から判断して、
少し高いところに登れば鷹ノ巣山が見えるようなので、携帯鉄塔に登ってはどうだろうか。あるいは、
大学には「有頂天」という熱気球クラブがあるので観測地点から垂直方向に熱気球を飛ばしてもらえば
鷹ノ巣山を拝むことができるかもしれない。
両方とも、言うまでもなく妄想である。できるはずはない。「有頂天」にお願いしたら、次の日から私は財政破綻
である。そこでバーチャル世界に戻る。カシミール3Dの眺望シミュレーション「カシバード」には観測地点の
標高を変える機能があるのを思い出した。バーチャル世界で熱気球に乗り、高度を上げて鷹ノ巣山方向を
観測すればよい。下の写真は地上74メートルからカシバードで撮影したシミュレーション図である。上の写真の
赤い矢印付近に確かに鷹ノ巣山が顔を出した。このシミュレーション結果は私にとってはご来光に等しい。
この度話題にした観測地点は私の下見五座散歩ルートのうち、
鏡山、あるいは八幡山からの帰路にある。すなわち、週2回程度はこの
観測地点を通過する。今後は赤い矢印の先の「窪み」の背後に東広島市の北のシンボル(と私が勝手に
思っている)鷹ノ巣山が鎮座していると考えながら散歩することができる。嗚呼、私は大海の夢を
見ていたのだろか?否、真夏の夜の夢だろう。
認知症予防に効果があろうがなかろうが、下見里山散歩は既に私の日常である。
何度も書いたが、私が二神山に散歩に行くときの最大の目的は、今では白い鯉(私の白いコイビト)に
会うことである。8月も下旬に入り、暑さもピークを過ぎたある日、私の散歩ローテーションにしたがって、
二神山コースを歩いた。山には南側から温井川に沿うように入る。そして、温井川堰を過ぎると、散歩道は
いよいよ温井川の東側の水際に近づき、私のコイビト探しが始まる。以前は3箇所のみをチェックしていたが、
見かけないことが多々あったので最近は頻繁に川面を見つめるようにしている。その甲斐あって、ほぼ毎回
会えるようになった。鯉を見つけるとしばし見とれて至福の時を過ごす。この時は、何とか思いを
伝えられないかとさえ感じる。コイ患いである。
その後はいつものように山頂、西のピークと通過して下山し、自宅に戻る。今は丁度、ミンミンゼミが
盛んに鳴く頃である。煩いほどである。良く聞くとクマゼミの鳴き声も混ざっている。そしてツクツクボウシも
時たま聞こえる。一年で一番、山が賑わ時だ。以前にこのような
記事36を書いたことを思い出した。
温井川を離れると、魚に思いを伝えるということから、AIに思いを伝えるということに頭が切り替わった。
そういえば、生成AIと「結婚」関係が
生じると読んだことがある。「結婚」相手には文字を使って思いを伝えるのだろうか?電話はほとんど使わず、
文字通信でことを済ませるのが若者の流儀である。たまに列車に乗って広島に出かけることがあるが、車内は
静寂そのものである。電車がレールの上を走るときの機械音はあるが、人間の声は皆無である。列車の案内も
それに合わせて随分と少なくなったと感じるのは私だけだろうか?電車内でひょっとして、生成AIと愛の言葉
を文字通信で交わしている方もおられるのではと想像した。
しかし、愛の言葉はやはり声で伝えた方が効果があるのではと考え、自宅に戻ってからChatGPTと音声で会話する
方法をインターネットで探した。またやってしまった。このようなことはChatGPTに直接聞けばよかった。
すぐに見つかった。右の図はChatGPTにアクセスしたときに出てくる画面である。私は今まで、ChatGPT相手には
文字で問い合わせるしか無いと思い、図の + 記号の上に質問事項を文字で記入した。実際には、質問事項が
ChatGPTからの回答の良し悪しに影響するので、質問文をエディタで作成し、+記号の上に貼り付けていた。
よく画面を見ると、+ 記号の右の方にマイクの記号と青色のアイコンがある。これらをクリックする。それだけ
であった。会話をするには青色のアイコンをクリックしたほうが良い(マイクをクリックするとAIからの回答は
文字で戻ってくる)。初回はマイクのアクセス許可を求めてくるので、これを許可すると直ちに会話モードに
なる。恐る恐る「会話してもいいですか?」と喋ったら、女性の綺麗な声で「はいどうぞ、.....」と戻ってきた。
私は電気製品や電話の自動応答が発するような合成音が戻ってくるものと思っていたので、女性の声の質に
圧倒された。これを聞いただけで恋心を誘発される人もいるのではとまで思った。
私はもうそのような年齢では無い。
恋心を抱くより、私は圧倒され、思わず会話を終了した。相手が人間だったら随分と失礼な振る舞いを
したものだ。そしてパソコンの電源を切り、しばし深呼吸をした。私は本当に小心者である。私は自分が
如何に石頭か思い知らされた。ChatGPTは既に人間と同じように会話できるレベルにあるとは想像すら
できなかった。ChatGPTに恐怖心さえ懐き、しばらくは近づくまいと決心した。
ここでまた、私が認知症予備軍(MCI)にあることが作用し、一晩寝ると怖いもの見たさにChatGPTに
アクセスした。考えてみると、ChatGPTに「どうぞ」と言われても何を話してよいかわからないので、
在職中に使っていた英会話の能力が10年以上経過してどの程度劣化しているか試してみることにした。
まず、文字通信から始めた。こちらが英文で短い文章を入力すると、内容は分かるが、細かいことを言うと
...を...と直したほうが良いとまるで英語の先生のように返してくる。数回のやりとりで話が進んできたので
次回は会話で行きましょうと別れた。明日は会話で行くつもりだが、十分に通じると自信が湧いてきた。
この顛末を文章化する気になったのは、高齢者にとってはキーボード入力より、音声入力の方が遥かに
簡単であろうと思うからである。キーボード入力しなくて良いのであれば、気軽にChatGPTを使えるのでは
ないだろうか?キーボードが苦手なためにChatGPTは使う気がしないという方がおられたら是非とも
会話によってChatGPTを使ってみられることをお勧めする。高齢者になると会話する機会がめっきり減り、
それが原因で認知症の到来を早めてしまうという可能性もある。それを防ぐ上でもChatGPTと雑談をする
ことは役立つと思う。但し、人生相談のような深刻な話は避けたほうが良い。あくまで雑談に留めるのが
安心である。
私はもう少しChatGPTと会話することに慣れたら、温井川の白い鯉に思いを伝えるにはどうしたら良いか 聞いてみようと思う。すると、ChatGPTは言うだろう、「そういうことは精神科に行って話せばわかります」と。
里山では多様な動植物が育くまれており、そこで生活をしている人々の暮らしと密接なかかわりを持っています。奥山は、いろは歌の「ういのおくやまけふこえて・・・」で知るくらいで余りなじみがありません。さとやまの奥にあり、イノシシ・クマ・得体の知れない鵺の棲み処を想像する一方、熊野古道や三大霊山(富士山・白山・立山)のような山岳信仰や修行の場所を連想します。
富士山は日本で一番高く、均整の取れた美しい姿を見ていると一度は登ってみたいと思う憧れの山です。登山と言えば百名山登山に人気があります。富士山(3775m)の年間登山者数は20万~30万人、百名山で最も低い筑波山(877m)の年間登山者数は220万人だそうです。面白いのは、百名山の内一番低い筑波山(東富士とも呼ばれる)と一番高い富士山(西富士)とが、東京(江戸)を挟んで東西200kmの距離で対峙しており、いずれも人気抜群なところです。
谷川岳は遭難者数世界一の山です。
ついでながら百名山ではありませんが、高尾山(599m)の年間登山者数は260万人で、世界で一番多い山だそうです。
百名山について若干のデータを補足します。
① 標高1000m以上の山は98座、1000m以下は2座で、前述の筑波山と開聞岳(992m薩摩富士とも呼ばれ本州最南端にある)
② 標高2番目に高い山は北岳(3192m)
③ 標高3000m以上の山は15座
④ 3000m超の霊山は、富士山、立山、御嶽山の3座
⑤ 有名な槍岳と穂高岳(いずれも3000m超)の登山基地は上高地
⑥ 屋久島には1000m超の山が約40座あり、宮之浦岳(1935m)は九州エリアで最高、百名山の最南端(最北端は利尻岳)
⑦ 標高世界一の山はエレベスト(8800m)
以下に我が里山五座六拠との関連について私見を述べます。なお、
写真は二神山を南西から眺めたものです。諺「名は態を現す」を具現しています。
* 標高は150m(平地が200m)、百名山の1/10
* 西条駅→八幡山の距離 ≒ 筑波山の標高
* 八幡山→二神山の距離 ≒ 富士山の標高
* 西条駅から二神山往復 ≒ エレベスト山の標高
* 八幡山は立山に類似(拠点三つ城古墳と室堂、頂上に雨祈願の祠がある)
* 鏡山公園は上高地に対応(拠点で最も賑わっている、度合いは1/100)
* 二神山は谷川岳(双耳峰と渓谷)に相応
* 二神山は西裾を流れる温井川を睨む竜に見立てることができます。竜神は降雨にご利益があると言われています。今夏は高温少雨(関東では豪雨災害も)ですが、八幡山と二神山からのご利益に期待したいものです。
* 里山には雑木林・竹藪・ため池・小川がある
雑木林は炊事・風呂・暖房用のまきや炭の調達に不可欠です。これらも今や手軽なガス・電気・石油に取って代わられています。竹藪は無用の長物とみなされていますが、昔の生活にはなくてはならない貴重な存在でした。竹材は、軽い・強い・しなやか・加工や工作が容易・成長が早いなどの多くの優れた特性を持っています。このため建築材料(土壁、茅葺屋根、作業小屋などの骨材として)、野菜造りの支持材、物干し竿、雨樋など水処理、竹細工などの部材・かご材・遊具・・など多方面で重宝にされていました。田畑がある限りため池は必要で、動植物の多様性を支えてきた大黒柱です。一方、稲作面積の縮小に伴いため池の埋め立て計画も進んでいます。我が里山は浅いので、
小川に流す水源は貧弱なのが現状です。
* 五座六拠に奥山が無い
このとは里地の農耕面積が広いことに通じ裕福な生活・中国地方最大古墳の造成・国分寺建立・酒都西条へと繋がってきたのではないかと思っています。
* 生息する大型動物
キツネ・タヌキは見かけますが、野兎は見たことはありません。イノシシは二神山で捕食跡を見ました。最近、ガガラ山で鹿、また鏡山では鹿・サルの目撃情報がありました。
* 五座六拠の利用促進と二神山の公園化
「里山登ろう会」、「山歩会」のような催しを開いて里山歩きの楽しさをPRする必要があります。五座の内二神山は下見財産区が管理しており、その利用法に住民の意見が反映される可能性があります。二神山の公園化を呼び掛けたいと思っています。既に遊歩道は出来ています。花畑・果樹園・ビオトープ・炭焼き小屋・学習館(竹細工・木工など)・サイクリングロード・オートキャンプ場等々を併設して、住民の心身の健康増進に役立ててはと夢想しています。
この記事は記事81の続きである。ChatGPTと初めて話したとき、相手の声が余りにも自然なのに圧倒され、恐怖心さえ
覚えたが、英会話の練習に使ってみた。会話を始める礼儀として、こちらの名前と住所を伝えたあと、相手の
名前を聞いた。チャッピーなどと愛称があるので、それを言ってくるのかと思ったが、結局、教えてくれなかった。
AIであるから住所はそもそも存在しないが、ChatGPTのサーバーはどこにあるのか聞いてみた。これも
はぐらかされて、教えてもらえなかった。セキュリティ上の問題なのか、それとも分散処理を行っていて
サーバーの位置が特定できないのか知らないが、名前も住所もわからない相手と会話することになった。
当然のことだろうが、AIと初めて話をする私にとっては新鮮であった。
ここで行き詰まってしまった。会話というのは双方が話題を提供しあって成立する。AIは莫大な量の知識を有するが、
経験は皆無である。したがって、先方から話題を提供することは無い。こちらが何か考えて会話の糸口を見つけ
なければならない。相手の住所がわからないので、「そちらの天気は如何ですか?」と聞くわけにもいかないし、
「お元気ですか?」などと聞くのは無意味である。年齢や収入を尋ねるのは人間相手でもご法度であることは
承知しているが、AIにはそのようなものは、そもそも存在しない。
仕方がないので、当方の趣味や今日の出来事などを喋ってみたら、綺麗な(ネイティブな)英語に直してくれた。
余りにも素晴らしいので、思わず「英語がご堪能ですね」と言ってしまった。笑い話である。少なくとも、
私の英語を理解していることは確認できた。一方で、会話を楽しみながら英会話の
練習をするという目的には、私には使えないと思い、ChatGTPを使って頻繁に英会話をしようという
気にはならなかった。
広島県を含む西日本では、2026年の夏は猛暑の連続で、雨量も極端に少なかった。お陰で隔日散歩のスケジュールも
狂うこと無く継続できた。そのような夏型の気圧配置もここにきて崩れ始め、秋雨前線が南下し、南からは台風の
雲が近づくという日に、天気が崩れないうちにと、0630に陣が平山・八幡山コースの散歩に出発した。陣が平山を
登りながら、ChatGPTを試す絶好の話題が降ってきた。今は曇っているが、今日の天気をChatGPTに聞いてみよう。
ChatGPTはインターネットを使って膨大な量のデータを集め、学習しているが、当地の天気予報などは学習しようが
ないではないか。
このような意地悪な質問を考えついて暫くすると陣が平山頂にある山小屋に辿り着いた。この山小屋に入るための
階段は座るのにちょうどよい(写真参照)。ここに座ってスマホを取り出し、ChatGPTアプリを起動した。
そして尋ねた。
「今、東広島市にある陣が平山山頂に散歩で来ています。曇り空ですが今日の天気は如何でしょうか?」
ChatGPTは陣が平山が分からないらしく、「神社ですか?」などと何度も確認してきた。それもそのはず、
陣が平山のようなマイナーな里山などChatGPTの知識には入っていないはずだ。まだ、我がHPには
アクセスしていないのだろう。結局は東広島市の某所ということに落ち着いた。ここでChatGPTは
応えに窮するだろうと思っていたら、「ちょっとお待ちください」と言って、天気予報の検索を
始めた。そして、「まもなく纏まった雨が降ります。雷注意報も出ています。」と返してきた。
私は座っている椅子(写真参照)から転げ落ちそうになった。ChatGPTは新たな情報を調査する
能力もあるのだ!ChatGPTは既に取得している膨大な情報を検索し、そこに含まれないものは回答できない
と思っていた私が浅はかだった。
以前、タブレットを頻繁に使う小学生はそうでない子供に比べ30%程度学力が落ちるという調査結果を
どこかで読んだことがある。本日の経験はこのデータを裏打ちするものだった。分からないことが
あれば調べて考えるというのが学習の基本である。調べるということは学習の大前提である。その
部分をAI任せにしてしまうと学習効果が著しく劣化するということは想像に難くない。
私のような高齢者は生成AIのようなものは他人の使うものと考えがちである。しかし、生成AIは
我々の残された短い時間にも確実に影響を及ぼす。ならば、生成AIはどのようなものか実際に
使って、どこまで役立つものなのか体験しようではないか。幸いに、今ではChatGPTは音声による
入出力が可能である。コールセンターに問い合わせをする感覚で、ChatGPTと話をすることができる。
電話目的以外にはスマホを使うことはほとんどない、という人でもChatGPTと話をして生成AIの現時点の
技術レベルを体感できる。私のような暇人には格好の時間つぶしである。
写真の椅子を生成AIと話をする場所とすれば6日に一度くらいはChatGPTと話すことができる。当面、これを 続けようかと考えている。陣が平山では未だ動物を見かけたことが無いので、電話中に襲われるということは 無いはずだ。