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「外国人観光客が奈良公園で鹿を蹴るのを見た」と聞けば日本人は鹿を愛おしく思うだろう。古くは「生類憐れみの令」
の発令により、動物も保護の対象とされてきた。とりわけ鹿は大切に
扱われ、落語で、不可抗力により鹿を殺めてしまったことを題材にした話もある。確かに愛くるしいし、奈良公園のみ
ならず、近くは宮島でも鹿は大切に扱われている。大阪で、奈良の鹿が現れたと話題になったこともある。
しかし、下見五座のような田園地帯では事情は異なる。鹿は農作物を食い荒らす害獣である。食欲旺盛で
花粉症防止のため、花粉の少ない杉の苗木を植えても鹿がそれを食い荒らしてしまい、花粉症対策が進まない。
本日の散歩中に(ガガラ山と鏡山)2頭の鹿(223)と遭遇した。
図の矢印の位置での出来事である。矢印が重なり見えにくいが、図のGの位置でガガラ山を鏡西通りに降り、Kの位置まで
歩いて鏡山に入ってすぐのところである。実をいうと下見五座で鹿に会ったのは初めてではない。半年以上前にガガラ山
を降りているとき、図のDの位置でも一頭の大型の鹿にあった。このときは驚いた。先方はもっと驚いたのだろう、
慌てて山道から藪の中に逃げ込んだ。したがって、後ろ姿をほんの少し捉えただけだった。
フォトギャラリーに掲載できるような写真ではなかったので、どこかにやってしまった。今回は違った、矢印の位置で
2頭に会い、反射的に鹿たちは私から離れる方向に逃げた。ところが、私の前方に引き返してきてこちらを伺っていた。
写真撮影すると共に、二頭を確と見ることが出来た。あまり警戒してなさそうだったので、3メートルの距離まで
近づいた。それでも逃げようとしない。私に何か語りかけようとしたのかもしれないが、更に近づくと、やはり
逃げた。逃げた方向が私の散歩方向(ここでは鏡山山頂に向かう方向)と一致しており、私が少し近づくとまた
一定距離まで離れるという風であった。私に道案内をしているつもりなのだろうか。「私は週イチでここを
歩いているので、君たちに教わらなくてもいいんだよ」と思いつつ、100メートル程度も同じようなことを
していると、やがてどこかに行ってしまった。野生の鹿とは思えないほど人馴れしていた。
図のDの位置も、二頭の鹿と戯れたところも、下見五座の
主要幹線上である。比較的多くの人がこの付近を歩くが、「まさか鹿に餌をやってはいないでしょうね?」
二頭はペアかもしれない。そうだとしたら、子孫を増やすのは遠慮して欲しい。下見五座の木々が鹿の被害に
あう姿など見たくない。数頭の鹿を見かけるのは散歩を楽しくしてくれる。しかし、集団で移動するのを見るのは
御免被りたい。
下見五座の野生動物について、野犬に会ったことはある。イノシシが活動した跡(ミミズなどを探したと
思われる地面を引っ掻き回したような跡)や風呂代わりか何かの水たまりを見かけたことがあるので
イノシシがいることは間違いない。鹿は2度見た。蝶は数限りなくいる。「猪鹿蝶」が揃っていることは
疑う余地もない。
本日に二頭の鹿を見た後の散歩中に昔のことが蘇ってきた。それは30年以上も前のこと、メキシコ人研修生
10名程度を引率して、確かシャープの電卓工場で工場見学を行った後、奈良公園に行った。奈良公園と言えば
冒頭にも書いた鹿である。研修生の中で女子学生は一人だけ、他は男子学生だった。奈良公園を散策した後、
帰ろうとしたとき、女子学生一人が不機嫌になり、他の学生は何やら笑っている。聞いてみると、女子学生は
「鹿せんべい」を男子学生から食べさせられたとのこと。男子学生の一人が「鹿せんべい」を買い、鹿にやると
ともに、残りを女子学生に「ウマノ」と言ってプレゼントしたらしい。ウマノとはスペイン語で「人間の」
を意味するようだ。英語で言えばHuman'sに相当するのだろう。女子学生が日本語も理解していれば「馬鹿にしないで
ちょうだい!」と言い返したに違いない。
日本は(現在のところ)限り無く平和である。
何度か書いたが、高齢者ともなると残された人生の長さを勘案して不要なものは手放すのが良い。さもなくば残された者の手を煩わせることになる。私の住んでいる田舎では空き家が増えつつあるが、片付けをするときに屋内のものを運び出しているのを見て圧倒されることがある。よくもこんなに多量のものが家の中にあったものだと感動さえ覚える。他人事ではない、自分もそうならないように不要物を元気なうちに処分しなければならないと常々思っている。
多くのものが詰まっているという点ではスマホも同様である。以前、知ったかぶりをして
このような記事を書いた。この記事に於いて、複雑なスマホに高齢者が対峠する場合、使う機能を絞り込んで少しでも使いやすくするということを強調したつもりである。つまり、スマホが提供する機能を断捨離することにより、高齢者でもスマホを使いやすく出来ないかと考えて記事にした。機能を断捨離するには2つの方法がある。まず、不要なアプリを削除、もしくは無効にしてスマホの動作を軽くすることである。次にスマホの外見を簡素化し、使い易いように見せる。スマホの外見はランチャーというアプリが決定する。androidスマホでは有り難いことにランチャーを自由に選ぶことができるので、自分に最適なランチャーに入れ替えれば使い勝手が著しく向上する。
右の図は私が先日見つけたランチャーでこれに感激したので文章化することにした。もちろん、スマホ外見の好みは十人十色であるから、この図を見て何だこれは、とお思いの方もおありであろう。しかし、見た目の簡素化という観点から、少しは参考になると思うので、読み進めていただきたい。
見た目の簡素化の第一歩として、画面には必要なものだけを出し、たまにしか使わないもの、あるいは全く使わないものは裏に隠しておくのが良い。この記事にあるスマホ画面でも、普段使うアプリのアイコンだけを表示している。私は12個のアプリで十分だったということである。但し、文章中にもあるように、メールアプリなどは着信専用で使うのでデスクトップには無いが、使用しない訳ではない。積極的に起動するアプリとしては12個で十分だった。
この度見つけて感動したランチャーはOlauncherという名前で、その画面が図に示したものである。このランチャーで知らされたことは、アプリのアイコンは、画面の煩雑さに寄与しているということだ。Olauncherではアイコンは一切使わず、全てが文字表示である。我々はいつの間にか、アプリはアイコンとして捉えるものだと刷り込まれてしまった。これに反旗を翻してユニークな発想をしたOlauncherの開発者に敬意を表したい。もう私はこのランチャーから離れることはないだろう。貴方が漫画より小説を好み、テレビよりラジオを選択されるならば私の仲間である。Olauncherは貴方にとっても良い伴侶となることは間違いない。
Olauncherに変えてもう一つ気づいたことは背景画像もスマホ画面の煩雑さを強調するということだ。これを避けるには単色画面しか無い。但し、広報熱心な私はSYGのHPへのQRコードを外すことは出来なかったので、山の緑に合わせた色にして入れてみた。画面にあるように常用アプリは最大8個しか入れることが出来ない。これより減らすことはできるが、最大は8個である。以前は12個だったので不足するように思ったが、本当に常用するものは10個だった。不足する2つはどうするかというと、画面を左にスワイプするとカメラが起動し、右にスワイプすると設定アプリが起動するようになっているので問題ない。他のアプリは画面を上にスワイプすると一覧(もちろん文字で)が出るのでそこから選択して起動できる。
市役所などで文書に日付などを書く必要があるときは画面から日付と曜日を確認できる。その通り、5月の連休中、
どこにも出かけないお陰でOlauncherと知り合った。
現在時刻は大きく表示されているので時計代わりになる。さらにバッテリー残量(図では76%)も表示されるので、充電時期を知ることができる。画面の上の端から下にスワイプすればWifiやセルの接続状況やメールなどの着信も知ることができる。これほど考えられたランチャーがあるだろうか!
十分に断捨離をしたスマホを持ってガガラ山と鏡山を歩いてきた。スマホがいつもより軽いように感じた(これはウソ)。
散歩中に新しいランチャーの使い勝手を確認した。全く問題なし! これで下見五座とOlauncherの虜になった。
最後に付け加える。Olauncherはユニーク過ぎて、もとのアイコンベースのランチャーに帰りたいと思うかもしれない。そのときに備え、今お使いのランチャーは消去しないほうが良い。androidでのランチャーの設定は、
設定->アプリ->デフォールトアプリ->ホームアプリ
と進めば指定できる。複数のランチャーを入れておいて、好みに応じて切り替えるのも一興である。私はOlauncherから動くことは無いと思う。
後日追加:更に見た目の簡素化をしようと欲が出た。8個のアプリを6個に絞り込んだ。更に、アプリの名前の長いものは短くした。キリがないので適当なところでやめる。繰り返すが、デスクトップに出てないアプリは削除しているわけではないので、画面を下からスワイプし、一覧の中から選び出して起動できる。一覧に出てくるアプリの名前は余り短くしないほうが良いと思う。そうしないと一覧の中から探す時にわかりにくい。アプリ名の変更はOlauncherで出来る。他のランチャーに切り替える必要はない。
画面を英語モードにしているのには理由がある。一覧表示においてアプリ名が辞書順に並ぶので探しやすい。英語モードへの切り替えは、
設定->システム->言語と入力->言語
と進んで、言語を追加をタッチし、Englishを指定すれば良い。言語のところでEnglishを上にドラッグすれば英語モードに
なる。日本語に戻したければ、日本語をドラッグして上に戻せば良い。
途中下車、何とわくわくする四字熟語であろうか。計画から少しばかり逸脱し、旅を楽しむ。このような心の余裕を持ちたいものである。もっとも、私のような年齢になると余裕ばかりで、本来の計画は、もはや無い。
YAMAPの方々が我が下見五座をお歩きになるお陰で、山道の維持が随分と楽になる。一方で、YAMAPの方々は効率良く低山を巡られるとみえ、似通ったルートを取られるようである。このため、
幹線道のようなものが出来てしまった。私は不定期にYAMAPのHPを見て下見五座の人気の程度を外部評価させていただいているが、YAMAPの人々の行動に関して、一つの傾向に気づいた。それは下見五座のうち、二神山を除く、四座
(以下、四座と略記)を一度に回られるプランが多いという
点である。
更に気づいたことは、大部分の方々は鏡山公園の駐車場を起点・終点とされるということである。中国地方にお住まいの方であれば自家用車に乗り合わせて来られるのだろう。では遠方の方はどうなさる?
本日、初めてYAMAPの記事でJR西条駅を発着する四座コースのルートを見つけて、新たな需要に気づいた。地図を参照すればわかるが、四座はブールバールによって北側の陣が平・八幡山と南側のガガラ・鏡山に分割されている。ブールバールは
八幡山のところから北東の西条駅にほぼ真っすぐに伸びている。例えて言うならば、綿菓子を横にして、綿菓子の下部で
軸を少しばかり上に曲げたような格好である。綿菓子の本体が四座ということだ。
図をご覧いただきたい。綿菓子の軸の根本(JR西条駅であるが
図では省いている)からまず軸に沿って綿菓子の本体に向かい、菓子内部を貫通して
また軸の根本に戻るというルートを考えれば、西条駅を起点・終点とした四座里山コースの出来上がりだ。
では、JR西条駅で途中下車して四座歩きを楽しむことにしよう。途中で切符を無くさないよう注意する。
四座の回り方は時計回りと反時計回りの二通りあるが、地図は北が上なので、反時計回りとしよう。西条駅を出たら
ブールバールが左に見える側の歩道を歩く。西条に初めて来られたのであれば、その美しさに感動するはずである。
信号機のある横断歩道を何度か通過しながらブールバールに沿ってひたすら南下する。やがて高い位置に図書館と
それに隣接する高層マンションが見えてくる。その直後にある信号を渡ると八幡山への入口が見えてくる。ブールバールと
立体交差する国道二号線に沿うように山を登っていく。図で、ルートが直角に折れ曲がっている部分である。
暫く登ると左手にピンクテープが見えてくるのでそこで左折し、登り続ける。やがて八幡山の青ピークに到達
する。青ピークを過ぎたら直に左折する。ここで左折せずに直進するとモデルコースを辿る。左折して暫く
歩くと八幡池(229)という小さな池が右に見えてくる。
この池は水量が少なく、枯れている時期の方が長い。
もし水があるならばこの上なく美しい。八幡池をすぎるとやがて赤ピークに達する。
ここで右折して頂上に向かう。八幡山頂上は整備されており、祠を見ながら小休憩すると心が洗われる。
八幡山からはこの記事にあるBLに入るので
道が明確だ(多くの人が歩いている)。南別れを通過して八陣通りに出る。八陣通りを少し
北に歩くと陣が平山入口のピンクテープが見えてくる。陣が平に入り、竹やぶの中を少し登ると
明確な尾根線が現れるので左折してこの尾根線に沿って進んでいく。少し距離があるが、やがて附属幼稚園
の山小屋や子どもたちの遊具が見えてくる。山小屋のところで一休みすると良い。僅かであるが、鏡山
方向が見える。休憩を終えたらBLに沿って西方向に歩いて行き、会館通りに出る。会館通りに出たら少しばかり
南方向に歩き、ブールバールの歩道に出る。ここまで来たら、里山歩きも後半である。ブールバールの歩道を東方向に
少し歩くとブールバールの下を通過する地下道があるのでこれを通ってブールバールの南側に出て、池の上学生宿舎
の道を歩いて山中池(228)
へ向かう、山中池が右手に見えてきたら更に進み、
大学キャンパスの東側にある幹線道路に
出る。幹線道路を少し南に歩くと山中池南遺跡が見えてくるので、そこに入り、幹線道路に沿ってガガラ山方向
に歩くと山への取り付きが見えてくるのでそこから登山を再開する。山道の整備状況は良く、道に迷うことは
無い。ウラジロの中を登っていくとやがて尾根線に出るので左折してこれを辿る。暫く進むとガガラ山山頂に向かう
分岐があるのでここで右折し、ガガラ山山頂を訪れる。ここからは幹線山道YLであるからもう迷うことはない。
山頂で引き返し、先程通過したばかりの分岐で右折し、ガガラ山を下山する。やがて鏡西通りに出る。
鏡西通りを少し北に歩くと鏡山入口が見えてくるので、ここから登る。鏡山の道も良く整備されており、迷うこと無く
山頂に到達できる。但し、頂上の手前にはちょっとした岩場があるので注意深く登る。鏡山山頂は
眺望が効くので全向に山が見えることを実感する。あとは下山するだけである。最後に長い階段を
下りたら鏡山公園遊園地の東の端に出る。ここにはトイレがある。奥田大池を左に見ながらブールバール方向に
歩き、ブールバールに出たら右折して西条駅に向かう。四座踏破、ご苦労さまでした。
途中下車の里山歩きは如何だっただろうか。気に入ったら次はルートを外れ、モデルコースの水色のライン、
あるいはHPにある種々のコース記事を参考にして四座をより深く、楽しんで欲しい。二神山を
次回のルートに入れることをお忘れなく。西条駅から八幡山登山口まで(綿菓子の軸の長さ)は
ほぼ2キロメートルである。山歩きの準備運動、整理運動として最適な距離だ。
広島県の人口減少数が全国一位であることは広島県外の人はあまりご存知無いだろう。日本は全体として
少子高齢化が進んでおり、県の人口が減少するのは 驚くに値しない。それでも広島県は堂々の全国一位である。
自然減はどの県でも生じているであろうが、減少数が全国一位であるからには、それなりの理由があるはずだ。
直ぐに思いつくのは若者の県外への流出である。下見里山は大学を抱えているが、その卒業生の大部分は
卒業後、関東地区、あるいは関西地区を目指す。 大学の在学者には広島県出身者も多いが、卒業後は
都会へと消えてゆく。現在の社会構成がそのようになっているので、こればかりは仕方のないことだ。
広島県の人口が減少するので県内の各自治体の人口も減っている。その中で、東広島市は例外的に人口が増えている。
そして、とうとう呉市を凌いで県内三位の人口になったようだ。私が勤務の都合で東広島市にやってきたときの
人口は、確か11万人あまりだった。東広島市が誕生する前は西条町、八本松町など皆、賀茂郡の町だった。
それが大学の移転受け入れに前後して東広島市を誕生させ、広島県の中心部に10万人を少し超える小さな市が
生まれた。東広島市の人口増加に大学の移転が寄与したことは間違いない。しかし、学生は
一時的に東広島市に居を構えるだけで、卒業後は県外へと去っていくので、あるところまでは人口増に
貢献するだろうが、継続的に人口を増加させるとは思えない。やはり他の要因、工業団地に企業が入って
きたことが大きいのだろう。今や東広島市の人口は20万を伺う勢いである。私が引っ越してきたときからは
倍増で、全国的に見ても特異な現象かも知れない。
では、市の人口が三位になったことを記念して言葉遊びをしよう。出発点は五座六拠である。六拠から
五座を選ぶのは簡単である。一つはキャンパスであるから六から五へは簡単に移行できる。これで
下見五座が選ばれた。今までは四位だったので、五座から四座を選んでみよう。これも比較的簡単で
二神山は位置的に少し離れているので、お引取り願い、GHJKを選ぶ。アルファベットで書いても
二神山は先頭なので、記述しやすい。
さあ困った。この四座から三座をどうやって選ぶか。ガガラ山と鏡山、陣が平山と八幡山はそれぞれ
不可分の位置関係にあり、これらにメスを入れることは現実的ではない。これら四座から三座を選び出す
ことを真面目に考え出すと夜も寝られなくなる。そこで発想の転換である。
この記事(17)にも書いたように、分離したものを
小さく纏めるとうまく行くことがある。押しても駄目なら引いてみなの理屈である。では不可分の
山々を纏めて名前をつける。陣が平山と八幡山を接続するのは簡単である。通りの名前にもなっている。
八陣山、新たな山の誕生だ。ガガラ山と鏡山、これは難題である。ガガラ山が難しい。ガガラの語源に
ついてはSYGの作業中に話題となることもあったが、納得できるような解釈は無かった。私は我の強い
人間である。そこでエイヤと名付ける。鏡我山。「きょうがやま」と読んでいただきたい。これにて
下見五座が三つの山となった。二神山、八陣山、鏡我山。二神山が見事に復活したではないか! 祝:東広島県三位。
20万に迫ろうという大都市に位置する里山を紹介する文章としては極めて稚拙であることは承知しているが
二神山、八陣山、鏡我山を毎週歩いて足腰を鍛える。
後日追加:鏡我山の「我」はどうしても「蛾」を連想させ、夜の蝶は里山を暗く印象づけていけない。では「鏡柄山」?これもしっくり来ない。「今日、我、里山に登る」と考え、やはり「鏡我山」で個人的には満足することにした。
新たな発見をした、あるいは新たにものを考案した(発明)と思って舞い上がっても実は類似したものが
既に存在しているのを知り、落胆するというのは良くあることだ。現在は生成AIが作詩、作曲、作文など
何でもこなす恐ろしい時代なので、それを使って新たなものを作り出したときの著作権は誰にあるのか
判断が難しい。こっそりと生成AIを使って小説を書き、それで芥川賞や直木賞を受賞した場合は
誰が受賞されるのかなどと考えるとややこしい。
我がSYGが五座六拠の整備に着手して5年が経過した。活動において、五座六拠という
文言を生み出し、これは我々の創作単語ではないかと思っていたが、
調べてみるとこの単語は天台宗でも
用いられているのを知った。インターネット検索で「下見里山」と入力すると、(広報担当の立場からすると)
有り難いことにSYGのURLが最初に出てくる。我々の活動も認知されたものだと、一人ほくそ笑む。では
「五座六拠」はと検索すると、我々のHPではなく、仏教関連のことが先に出てくる。鏡に向かって
「世界一美しいのは誰?」と聞いて(昔版のインターネット検索)、「白雪姫です」と聞かされ怒り狂う
状況である。尤も、我々は良識ある(本当か?)高齢者集団であるから、ここは冷静に本来の五座六拠の
ことを調べてみる。以下、インターネット検索結果を適宜、引用する。
まず、
「五座六拠」とは、主に仏教において使われる言葉で、修行や学問を行う際の重要な場所を指します。これは特に日本の天台宗において用いられ、比叡山延暦寺を中心にした僧侶の修行体系に関係しています。
とのことだ。表題にある「もう一つの」とは我々のいう五座六拠のことである。先輩は天台宗、つまり平安時代の
生まれであるから我々のは、遥か後輩である。後輩は先輩から学ぶ。我々の五座六拠を先輩のものに、何か理屈を
つけて合わせてみる。私の文章は言葉遊び中心なので、余り深刻に考えず読んで欲しい。そもそも、雑感には
政治的なこと、宗教的なことは書くべきではない。
本来の「五座」は修行道場のことで、
根本中堂(こんぽんちゅうどう) - 比叡山延暦寺の総本堂で、宗教活動の中心。
常行堂(じょうぎょうどう) - 常行三昧(阿弥陀仏を称える瞑想行)を行う道場。
法華堂(ほっけどう) - 法華経を読誦し、修行する場所。
戒壇院(かいだんいん) - 戒律を授け、守るための場所。
浄土院(じょうどいん) - 伝教大師最澄の御廟(墓所)があり、供養や修行が行われる。
の五箇所を表すようだ。「六拠」は修行や学問の拠点のことで、
西塔(さいとう) - 比叡山の一部で、多くの僧侶が修行する地。
東塔(とうどう) - 比叡山の中心で、延暦寺の主要施設がある場所。
横川(よかわ) - 隠遁修行や瞑想を行う修行地。
三井寺(みいでら) - 天台寺門宗の本山で、天台教学の重要拠点。
園城寺(おんじょうじ) - 三井寺と関連し、戒律や学問の場。
四明院(しめいいん) - 比叡山にあった学問所で、天台教学を学ぶ場。
との説明を得た。道場と拠点とをどう区別するのか俄には理解し難い。我々の五座六拠では五座は五つの里山で、 六拠はそれぞれへの入口で区別している。六拠から始めるのが良さそうだ。我々の六拠を確認する。
E1:三ツ城古墳公園(H:八幡山拠点)
E2:三ツ城地域センター(旧下見福祉会館、J:陣が平山拠点)
E3:鏡山城址公園(K:鏡山拠点)
E4:山中池南遺跡(G:ガガラ山拠点)
E5:芝生公園(F:二神山拠点)
E6:スペイン広場(キャンパス拠点)
それでは対応遊びを始めよう。E6<->四明院はどうだろうか?学問所というのはキャンパスに相応しいと思う。
西塔、東塔は位置から判断して、E5<->西塔、E1<->東塔で良いだろう。三井寺と園城寺とは互いに関連
しているようなので、E3<->三井寺、E4<->園城寺としよう。すると残りは自動的に、E2<->横川となる。
これで六拠の対応関係が完了した。
次に五座である。記事56において、五座と五行思想とを関連付け、陣が平山を泰山(死者の眠る山)と
勝手に対応付けた。そこで 、J<->浄土院をまず考えた。私は八幡山に特別な感情を抱いている。すると、
H<->根本中堂、となる。阿弥陀仏といえば浄土真宗を連想する、これは天台宗からスピンアウトしたと
言っても良いだろうから離れた場所に置くと良い、したがって F<->常行堂、とする。残るは K, Gである。
法華堂の方が多くの人が出入りしそうなので、K<->法華堂、G<->戒壇院、と強引に対応付けた、以上。
この文章を真面目に読まれると、上記対応付に本質的な無理があるとお気づきであろう。E1について言えば、
これはHへの入口(Entry Point)で、E1, Hは一つの実体の別名に過ぎないのに、東塔と根本中堂とは明らかに
別物ではないか。仰る通りである。ここは気楽に、八幡山は入口から見たのと頂上から見たのとでは景色は
異なる程度にご理解いただきたい。
これで我々の五座六拠が言葉遊びの意味で元祖、五座六拠に結びついた。私は五座を毎週巡回しており、
そのときは玄関の鍵とスマホだけを持ち歩いている。今後はポケットに数珠も入れて歩こうかと
思ったが、持ち物は少ないほうが良いのでそれは止した。
インターネット検索では次のような文言も入っている、
この言葉(五座六拠のこと;私注)は、現代では広く一般には使われませんが、 仏教の学問や修行において重要な伝統を示す言葉として残っています。
ならば我々の五座六拠がインターネット検索結果の先頭に来ても良いではないか!
もう40年も前のことであろうか、表題のようなCMが流れていたのを急に思い出した。40年前と言えば私もまだ30代の
若者だったので、多少はテレビを見ていたし、CMにも接していた。3日前のことも忘れそうな認知症予備軍の
私が40年も前のことを何となく覚えているとは、人間の記憶とは不思議なものである。今の若者は自動車離れ、
テレビ離れが進んでいると聞く、理由は明らかだ。スマホ中毒である。スマホで用事が済めば出掛ける必要は
なく、テレビなど見なくてもよい。
現代風にすれば、「スマホの向こうはどんな顔?」となるのだろう。電話でもスマホでも非対面で接するときは
相手の表情、感情を読み取るのは難しい。電話であれば声の調子からある程度の推定は可能であるが、
インターネットで文字だけで情報交換を行う場合、相手の気持ちを読み取るための難易度は急上昇する。このため、
SNS上で炎上したり、喧嘩、誹謗中傷が生じたり、更にはこれを悪用してインターネット詐欺が起きたりする。
「インターネットでお金の話が出たら詐欺です」ということを肝に銘じておかなければならない。
私はSYGのHP管理を仰せつかっているので、我々のHPがどのように見られているのかを不定期ではあるが検証している。
もちろん、我々のHPをどんな顔で読んでおられるのかを知るのは不可能だ。できることと言えばアクセス状況を
解析することである。企業のHPであれば、HPの閲覧状況は会社の売上などにも大きく影響するので、
注意深く解析されておられると思うが、我々のHPのように趣味で開設しているものを評価するのであれば
そこまで神経質になる必要はない。
SYGのWebサーバを動かしているのはapacheという無料のアプリである。Webサーバの大部分がこれを
使用しておられると思う。apacheのaccess.logにはWebサーバにアクセスした人物のIPアドレスと
Webサーバのどこをアクセスしたかなどが逐一記録されている。access.logを人間が直接に解析するのは
ほぼ不可能と言って良い。いくら暇人の私でもそのようなことをする気にはならない。ここで解析ツールの
登場である。インターネット大手のgoogleは無料の解析ツールを提供している。これを使ってみようと
説明を読んだのだが、直ぐに諦めた。これは専門業者、もしくはWebサーバ解析に十分な知識を有する
人のものである。私にはそう思えた。
私のような素人でも簡単に使える道具としてgoaccessというのを探し出して現在、使っている。goaccessの
解析結果をSYGメンバーにも不定期で知らせている。今日はgoaccess解析結果の中で、アクセスに使った
OSの統計について知らせた。私は今までこの統計については余り関心がなかったが、本日、由々しき結果を
知ったので雑感文章が湧き上がってきた。図を見ていただきたい。我々のHPのここ1週間のアクセス状況の
うちの、アクセス者が使用したOSの統計処理結果が出ている。一番多いのはAndroidの57.29%と出ている。
次はiOSの17.06%だ。ご存知だと思うが、この2つはスマホのOSである。すなわち、74%のユーザは
スマホで我がHPへアクセスしている。PCはと言えばWindowsが4.18%、MacOSに至っては0.75% !
HP冒頭の注意事項にもあるように、我がHPは文字数が比較的多く、写真も多用しているため、スマホより
PCで閲覧することを勧めている。しかしながら、大部分のアクセスはスマホによって行われていることを
知り、愕然とした。我々の目指す里山活性化の意義が十分に伝わっているだろうか?もう一度、図のグラフを
見ていただきたい。最も左にある2つの棒グラフはAndroidに対するものである。青いのはAccess数、赤い方は
Visitors数である。Visitors数はHPをあちらこちら閲覧すると増加する。Androidでアクセスしたユーザの
大部分はほんの少し閲覧しただけで、どこか他のサイトに立ち去ったのだ。これに対しiOSを使った
ユーザは熱心だ。目を右の方に移動してほしい。PCを使ったユーザの赤い棒グラフは青い棒グラフの何倍も
ある。我々のHPはPCで閲覧してこそ、その真価が現れるということの証左だ。
インターネットで次のような記事を見たことがある。現代人の多くはスマホで無駄なスクロールをして過ごし、
人生のうちの5年間を捨てている! 貴殿は今、この記事をスマホで読んでおられるであろうか、それともPC
を使っておられるのだろうか。恐らく後者だと思う。特にAndroidユーザはここまで辿り着けるとは思えない。
もし、貴方がスマホでここまで来られたのであれば貴方は幸いだ。今日は貴方にとって良き日である。
PCをお持ちであれば我がHPをPCで読み直してほしい。残念ながらスマホしかお持ちでないならば、
メインページのモデルコース地図を一つ選び、スマホを止めてそのモデルコースを思い出しながら実際に
歩いてほしい。すると五座六拠に取り憑かれ、中古のPCを調達し、我がHPを読み直されることに
なると思う。人生の5年を棒に振るのは止めよう。では、下見でお会いしよう。
「雪は天から送られた手紙である」という名言がある。人工の雪の結晶を作るほどの人であれば観察力がずば抜けているし、名言も残す。毎日が休みで隔日で下見五座を彷徨っている私は観察力では遥かに劣るが、時間に余裕がある分、自然からの手紙を受け取る機会は多いはずである。しかし、草木の名前はほとんど知らず、鳥の鳴き声の区別も余りできない私には、自然からよりも古代人からの手紙の方が受け取りやすい。
下見五座に出入りするようになって最初に目にした古代人からのメッセージは石積の墓(26)である。このような石積は陣が平山と八幡山に特に多い。そして、苦労して、初めて八幡山の山頂にたどり着き、そこにある祠(27)を目にした時の感動は今でも忘れない。このときは「祠の横に何か文字が書いてあるな」だけで終わり、下山した。その後、SYGの活動で何度かこの祠のところに来たが、読みにくい文字で何かが書いてあると感じただけだった。
記事(20)に書いたように、2022年の11月、いつものように散歩で八幡山に登っていると、「東広島郷土史研究会」のご一行が山頂目指して登っておられるのと出会った。その後に発行された郷土史研究会の機関誌に八幡山山頂の祠に書いてある文字を読み解いた結果が掲載されているのを見て感動した。判読結果として次のように書かれていた。
「五月十三日大雨アリ 六月廿四日小雨アリ 八月廿七日雨無し大旱魃 昭和拾四年八月廿七日 修繕ス」
そうか、旱魃のことが書いてあったのかと納得して時は過ぎた。2026年の初夏、SYGの作業で八幡山の頂上に立ち寄ったときにも久しぶりに祠の文字のことが話題になり、皆で読もうとしたが、祠の下のほうの文字が読みにくく、旱魃のことが書いてあるらしいということでその日は終わった。そして八幡山作業の数日後、私が散歩で八幡山にやってきたとき、光線の具合が良く、祠の文字が明確に見えたので、写真(232)撮影した。これであれば最後の行を除いてはっきりと読める。この写真を撮るために光線の具合を調節したのが、天啓なのだろう。
SYGのメンバーで内容が明確にわかった。古代人からの手紙を確かに受け取った。
以上のことがあってしばらくして旱魃とは反対の大雨続きで、散歩が2回も抜けてしまった。雨を見ていると、昭和14年というのが急に気になりだしたので、インターネットで調べたら直ぐに見つかった。
昭和14年大干ばつ
昭和14(1939)年4月~8月
気象の概要として次のように書いてある。
この年は全国的に雨の少ない年でした。中でも西日本は未曽有の大干ばつに襲われました。「広島県災異史」 (広島県農業協同組合中央会、1983年)によると、広島県では4月から8月までの総雨量が308.3mmで 平年の35%に過ぎませんでした。7~8月に至っては45.6mmにとどまり平年の14%です。
被害に関しては、
先の「広島県災異史」によると、広島県では水稲の田植え見込み面積の6.2%が「不能地」、52.8%が 「枯死または枯死に瀕した」状況に陥り、2.8%が「枯渇面積」となったといいます(9月10日時点)。河 川の枯渇による水力発電能力の低下、水道貯水池の水位低下のため諸産業への影響も大きかったのです。鳥取 県を除く中国地方で同様の被害が発生したとみられます。
別の記録として次のようなのがある、
昭和14年西日本大干ばつ-水稲の直播栽培始まる
1939年(昭和14年)6月下旬~9月
この年の干ばつは記録的のもので、全国的にも“空梅雨”気味だったが、特に前年1938年(昭和13年)の11月からこの年の9月まで、長期にわたり雨が少なかった。
中でも6月から9月にかけて、西日本では降水量が非常に少なく、6月下旬になると、太平洋高気圧が張り出して日本上空に長期間居座り、西日本の大半で6月、7月の雨量が平年の50%以下、ところによっては25%以下の地方もあった。続く8月も雨量が少なく、1か月の降水量が20%以下のため、宮崎県を除いてほぼ全域が記録的な干ばつとなった。
この干ばつの被害は、瀬戸内海沿岸及び山口県、鳥取県、佐賀県で最も激しく、兵庫県では約29.8平方kmの田んぼで田植えが出来なくなるなど、水稲生産量は西日本全体で60%に落ち、この年度の米の全国収穫高は6899万7134石となり、過去5年の平均収穫高と比べても723万1991石(9.5%)の減収となった。また水稲以外にも被害は農作物、果樹全般に及び、有明海では養殖貝が大量死するなど、養殖業にも被害が及んでいる。
八幡山の祠はこのことを伝えていたのだ。昨年のように米が不足して価格が上がり、パンやうどんに逃げるということなどできない時代のことである。昭和100年を過ぎた今、我々のような昭和生まれは特に、先達からの手紙をしっかりと受け止め、背筋を伸ばして生きなければならないと感じた。八幡山は、やはり、私の心の拠り所だった。
何度か書いたが、二神山は下見五座の中で、やや孤立している。最大の理由は他の四座から少しばかり離れているためで、YAMAPな方々も二神山を除く四座をまとめて歩かれているようだ。位置的に離れているだけではなく、温井川という魅力ある川を内包しているという点でも他の四座とは異なる。我々はモデルコースとして本稿執筆時点で13のコースを提示しているが、F-3を除く他の2つの二神山コースには温井川が含まれている。しかし、これらのコースと言えど温井川はほんの少し顔を出している程度で、この川を本格的に楽しむためには記事(21)
を読んで川沿いを歩いてみるのが良い。
記事(21)を参考に散策すると直ぐに冒険心が沸き起こり、
この記事(24)が気になり始める。記事の中にある(B)-(C)間
の写真を見ると冒険心が最高点に達する。記事の中にその名前は書いてないが、写真(54)には登竜門と
名前がついている。この登竜門の位置を測定してPOIとして登録した。図で確認していただきたい。図の中の水色の線が
モデルコース(F-3)の一部である。二神山を十分に楽しむためには(冒険するためには)二神山の最も南に
ある入口 F5 よりも更に南に行かなければならない。
冒険を始める前に登竜門を前もって見てみたいと思うかも知れない。そのための道順をこの文章をわざわざ読んで
頂いている貴方にこっそりとお教えしよう。実は、登竜門の位置を計測するために私が使った道でもある。
温井川の
二神山とは反対側(西側)には簡易舗装された川沿いの道がある。私が二神山コースを散歩するときに使うので
この道のことはよく知っている。交通量は極めて少なく、散歩道として申し分ない。この道を八本松ゴルフ場入口付近から
南下すると、武士の滝に行くことが出来る。道の左側(温井川側)には10メートルおきくらいに電柱が有る。
武士の滝の上の橋(「ぶしたきはし」とひらかなで名前が書いてある)のすぐ手前にも電柱がある。そのもう一本
手前の電柱の位置が登竜門へと至る入口と考えて良い。ヤブのなかを注意深く川に向かって下る。距離は10メートル程度
である。眼の前に登竜門が現れる。
この記事を書く前日に二神山散歩コースを歩き、登竜門の位置を測定してきた。前々日まで雨が降り続き、
登竜門の水かさ(236)も増していた。通常はこれほど
までの水量は無いが、そのおどろおどろしさは一見に値する。水量が増していると言えば、図の温井小滝の
位置付近は冒険である。温井川の水際の狭いところを川に落ちないよう気をつけながら歩かなければならない。
私の散歩コースはここを通るが、大雨の後はいつも回り道をしなければならないかと
思うほどである。しかし、今まで一度も回り道をしたことがない。そして大雨の後は私のコイビトの
白い鯉(145)のことが気になる。
コイビトとの逢瀬の場所は、その性質上公表はできないが、三箇所ある。通常であればこれら
三箇所のうちの一つで相見える。しかし、大雨の後では水流がきつく、また水も濁りがちでコイビトに
会うことはできない。昨日も念のため、三箇所を確認したが、鯉をさがすどころではなかった。以前、
大水の後に散歩した時、温井川堰(図参照)のところまで鯉が流され、そのまま下流にもっていかれそうに
なっているのを見たことがある。もちろん、助け出すことなど到底できそうもなかった。私のコイビトは恐らく
大丈夫だろうが、やはり気になる。
ニュースに依ると、地球温暖化のためヨーロッパでは熱波が猛威を奮っている。地球温暖化は異常高温だけで
なく、大雨、洪水ももたらす。記憶に新しいところでは2018年豪雨のときは二神山でも土石流が発生し、
温井川の水かさも異常に高くなった。そのような洪水が再来すればコイビトといえども温井川堰を超えて流され、
登竜門で竜になって昇天する。私が人生を終えたときには向こうの世界で元コイビトの竜の背中に跨って、
天空を駆け巡る。このような荒唐無稽な妄想さえ湧いてくる温井川峡谷である。
さあ、この記事(24)を読み直そう。
ようこそ、アドベンチャー・フィールド二神峡へ!