会員の雑感(12)

     71: 確(しか)と見た

「外国人観光客が奈良公園で鹿を蹴るのを見た」と聞けば日本人は鹿を愛おしく思うだろう。古くは「生類憐れみの令」 の発令により、動物も保護の対象とされてきた。とりわけ鹿は大切に 扱われ、落語で、不可抗力により鹿を殺めてしまったことを題材にした話もある。確かに愛くるしいし、奈良公園のみ ならず、近くは宮島でも鹿は大切に扱われている。大阪で、奈良の鹿が現れたと話題になったこともある。
しかし、下見五座のような田園地帯では事情は異なる。鹿は農作物を食い荒らす害獣である。食欲旺盛で 花粉症防止のため、花粉の少ない杉の苗木を植えても鹿がそれを食い荒らしてしまい、花粉症対策が進まない。 本日の散歩中に(ガガラ山と鏡山)2頭の鹿(223)と遭遇した。
図の矢印の位置での出来事である。矢印が重なり見えにくいが、図のGの位置でガガラ山を鏡西通りに降り、Kの位置まで 歩いて鏡山に入ってすぐのところである。実をいうと下見五座で鹿に会ったのは初めてではない。半年以上前にガガラ山 を降りているとき、図のDの位置でも一頭の大型の鹿にあった。このときは驚いた。先方はもっと驚いたのだろう、 慌てて山道から藪の中に逃げ込んだ。したがって、後ろ姿をほんの少し捉えただけだった。 フォトギャラリーに掲載できるような写真ではなかったので、どこかにやってしまった。今回は違った、矢印の位置で 2頭に会い、反射的に鹿たちは私から離れる方向に逃げた。ところが、私の前方に引き返してきてこちらを伺っていた。 写真撮影すると共に、二頭を確と見ることが出来た。あまり警戒してなさそうだったので、3メートルの距離まで 近づいた。それでも逃げようとしない。私に何か語りかけようとしたのかもしれないが、更に近づくと、やはり 逃げた。逃げた方向が私の散歩方向(ここでは鏡山山頂に向かう方向)と一致しており、私が少し近づくとまた 一定距離まで離れるという風であった。私に道案内をしているつもりなのだろうか。「私は週イチでここを 歩いているので、君たちに教わらなくてもいいんだよ」と思いつつ、100メートル程度も同じようなことを していると、やがてどこかに行ってしまった。野生の鹿とは思えないほど人馴れしていた。
図のDの位置も、二頭の鹿と戯れたところも、下見五座の 主要幹線上である。比較的多くの人がこの付近を歩くが、「まさか鹿に餌をやってはいないでしょうね?」 二頭はペアかもしれない。そうだとしたら、子孫を増やすのは遠慮して欲しい。下見五座の木々が鹿の被害に あう姿など見たくない。数頭の鹿を見かけるのは散歩を楽しくしてくれる。しかし、集団で移動するのを見るのは 御免被りたい。
下見五座の野生動物について、野犬に会ったことはある。イノシシが活動した跡(ミミズなどを探したと 思われる地面を引っ掻き回したような跡)や風呂代わりか何かの水たまりを見かけたことがあるので イノシシがいることは間違いない。鹿は2度見た。蝶は数限りなくいる。「猪鹿蝶」が揃っていることは 疑う余地もない。
本日に二頭の鹿を見た後の散歩中に昔のことが蘇ってきた。それは30年以上も前のこと、メキシコ人研修生 10名程度を引率して、確かシャープの電卓工場で工場見学を行った後、奈良公園に行った。奈良公園と言えば 冒頭にも書いた鹿である。研修生の中で女子学生は一人だけ、他は男子学生だった。奈良公園を散策した後、 帰ろうとしたとき、女子学生一人が不機嫌になり、他の学生は何やら笑っている。聞いてみると、女子学生は 「鹿せんべい」を男子学生から食べさせられたとのこと。男子学生の一人が「鹿せんべい」を買い、鹿にやると ともに、残りを女子学生に「ウマノ」と言ってプレゼントしたらしい。ウマノとはスペイン語で「人間の」 を意味するようだ。英語で言えばHuman'sに相当するのだろう。女子学生が日本語も理解していれば「馬鹿にしないで ちょうだい!」と言い返したに違いない。

日本は(現在のところ)限り無く平和である。

元の場所に戻ります。