会員の雑感(10)

     58: 陣が平での山音からの想起

年明けに陣が平の尾根づたいに山を歩いた。
竹が倒され、木が刈られ、腐葉土の斜面に切り株が白く点在していた。 山中には古代人の墳墓を見かけた。尾根を渡る風の音にご先祖の悲憤慷慨の言霊を感じた。 自然の循環や先人の文化財を脅かす現代人の不敬をお詫びしたい気持ちになる。 今期、最強・最長かつ数年に1度レベルという寒波が襲来した大寒の1月28日は大雪だった。 年明けの陣が平での体験から、ふと、1077年1月28日のカノッサ城を想起した。
カノッサの屈辱は、神聖ローマ皇帝が、叙任権を巡り対立した教皇に破門を解いてもらうため、 寒空のもと城門の前で25日から3日の間、弊衣・裸足で断食・悔悛した事件である。 中世ヨーロッパの教皇権威が皇帝を上回った象徴的事件として、じっと斜めに首を垂れたのは 皇帝だけではなかった。屈辱は、皇帝を許した教皇の内心の葛藤にもあったはずだからである。
時は、一千年ほど流れて今日。 なるほど、経済は社会活動の根幹だが、ライフサイクルを通じた環境保護も大切である。 人口問題や自然災害などの脅威やエネルギー問題に対して、利害関係者が抱く信義と直面する 社会課題の合意形成を図るには何が必要か。エンジニアリングについて考えている。

     59: AI作文

とうとう禁断の実に手を出してしまった。禁断の実とはコラムに掲載する記事をAIに作文してもらう ことである。ChatGPTとは距離を置くつもりであったが、ニュースに依るとX(旧ツイッター、この注釈はもう 古い?)にAIを使って、いかがわしい画像を生成・投稿することが増え、これを取り締まっているらしいということを 知って、AIの能力を試してみたくなった。もちろん、いかがわしい画像など興味は無いし、そのような 幼稚な歳でもない。AIが作曲したとか、AIで小説を書くなどと聞くと、どうしてもAIの実力を試したくなる。
お世話になるのはChatGPTである。この他にはAIツールを知らない。以前、ChatGPTに英訳を頼んだ。このときは、ChatGPTに英訳を依頼するときはどうすれば 良いか何となく解決できた。しかし、作文となるとどういう風にChatGPTに依頼したら良いのか 見当がつかないのでインターネットでその方法を探した。このような需要は多いのか、直ぐに見つかった。
インターネットで探し出した作文依頼法は次のようなものだ。下のような依頼文をChatGPTに入力すれば良い。 「あなた」とはChatGPT君のことである。

あなたは定年後、里山を保全しようとする高齢者です。
以下の条件と入力文をもとに、里山活動に関する作文を出力してください。

#条件:
・文字数は500字程度
・口調はだ・である調
・構成は、結論、理由、提案、結論の順
・読み手に里山についての関心を高める文

ChatGPT君の作品は次のとおりである。

里山は、人と自然が共に生きる知恵の結晶である。私は定年後、この里山の保全活動に力を注いでいる。なぜなら、里山は単なる風景ではなく、地域の生態系と文化を支える重要な存在だからである。
近年、過疎化や高齢化により、手入れされない里山が増えている。かつては薪や炭を取るために人々が山に入り、雑木林が程よく保たれていた。しかし、生活様式の変化とともに人の手が入らなくなり、竹が繁茂し、植生のバランスが崩れている。その結果、動植物の多様性が失われ、里山の魅力も薄れてしまった。
私はこの現状を変えるために、地域の仲間と共に下草刈りや植林活動を行っている。だが、私たち高齢者だけでは限界がある。若い世代にもこの活動に関心を持ってもらいたい。たとえば、学校教育の中に里山体験学習を取り入れたり、都市部の家族が週末に参加できるプログラムを作ったりするのはどうだろうか。自然に触れることで、人は癒やされるだけでなく、自分たちの暮らしが自然の恵みに支えられていることを実感できるはずである。
里山は過去の遺産ではなく、未来への贈り物である。私たちが今、手を入れ守り続けることで、次の世代も豊かな自然と共に生きていける。人と自然の共生をもう一度取り戻すために、今こそ里山に目を向けるべき時である。

立派でごもっともな文章である。しかし、私には血の通った文章とはどうしても思えない。お役所文書を 読まされているような感じである。500字とはこの程度のものか。私は暇にまかせて文章を書くので すぐに2,000字程度にはなるということを思い知った。 この文章を見て、 下見里山散歩中に湧き上がってきたキーワードを使って下手な作文をするのが私には一番と 再認識した。ChatGPT君、お世話になりました。

     60: ネット上の地図サイトを使った探索ごっこ

注:この記事では写真のサイズを大きめに表示しています。写真全てが枠内に収まるよう、ブラウザの横幅を 十分に広げて閲覧されることをお勧めします。
前回の陣が平活動中にSYG一会員が、切り開いた山腹から西側を見た際、山肌が茶色い箇所があるのを見つけられ、「開発または山崩れ?」との疑問を持たれました。(写真1の青矢印部)
「この場所の特定を現地調査せずにネット上の航空写真が使用できる地図サイトで探せないか?」をお題としてあれこれ試してみた結果を報告いたします。
まず航空写真が使えるネット上の地図サイトですが、一般的にはGoogle マップ、同じくGoogleが提供しているGoogle EarthとiPhoneでのマップアプリが使えます。特にGoogle EarthとiPhone マップは航空写真を3D表示ができるので便利です。比較してみた結果、iPhoneマップが最近の写真のように感じますが、画面が小さいため検討に使えませんでした。
ということで3Dが使えるGoogle Earthを使って場所の特定をしてみました。
まず、地図上で探す場所のアタリをつける為に写真を撮った位置からの方位を出す必要があります。手持ちのiPhoneで撮影した写真には位置データが保存されています。その位置から探す場所の方向にあるランドマークとして写真1の赤枠で囲ったアパート群を使いました。その結果が写真2です。
この方向には自衛隊の原演習場と、その西側の山には多くの崩れた跡が見受けられました。探索の場所はこのどれかと思われます。特に原演習場には土木工事で山肌が削られた場所もあります。このままでは場所の特定が難しいので3D表示してみました。(写真3)
探している場所は原演習場付近の赤線から南側に特定されました。ただこの角度の3D写真では演習場内の地肌かその向こう側の崩れた跡かよくわかりません(写真4)。もう少し3Dの傾斜角度を小さくしてみます。
角度を低くした3D写真(写真5)にしたら、山の陰になっている場所が隠れ探している跡に似た場所が浮き上がってきました。右上がりの地肌であり、探している跡はこの場所(白矢印)と考えられます。
探している場所の特定は、2D写真に戻すと写真6の白枠地区の崩れた跡ではないかと考えます。

今回の探索は、SYG一員の何気ない一言から始まりましたが好奇心とデジタル世界の利用で遊ぶことができました。特にGoogle Earthは3Dに特化しているようですし、写真データもアップデートされており地図で遊ぶにはもってこいのツールと考えます。
その分Googleがとんでもない会社であることも挙げられます。GAFAがデジタル世界を占有しているのかもしれません。 蛇足ですが、ネット上で上げられた何気ない写真から場所の特定ができる世界になってきています。悪い使い方をすればストーカー騒動になりかねません。特に最近のスマホの写真は解像度が上がってきており何気なく撮った写真でも多くの情報が含まれています。例えば、背景のお店の名前、制服、名札等その情報を悪用するやからがいるのでネットに写真をアップロードするのは危険が伴います。
便利な反面、危ない世界になってきました。情報が簡単に手に入る結果、世の中のスピードが速くなって何やら追いまくられている気がします。やまみち活動はこの流れとは違うゆったりした中で過ごせるので精神的デトックス効果が抜群です。

     61: 高齢者の手習い

50の手習いということから20年以上遅れてしまったが、残り少ない人生で最後になるかも知れない練習を 始めることにした。私が下見里山を散歩するとき、例えばやまみちに倒木を見つけた場合などにはその 事実をSYGのライングループで知らせるようにしている。このためにはラインで文字入力をしなければ ならない。以前に書いたように私はスマホで文字入力を するために5段キーボードを使っている。最初にスマホを手にしたとき、標準的な(初期設定の)キーボードは 12キーボードというものだった。そのキーボードではスマホ上の特定の場所で指を滑らせながら文字を入力しなければ ならない。頭が沸騰しそうで、とても入力など出来ないと思い、しばらくスマホを遠ざけていた。しかし あるとき、5段キーボードがあるというのを知り、これを入れてやっとスマホで文字入力が思うようにできる ようになった。
高齢者の私は自宅にいることが多く、自宅でラインを使うときはパソコンからラインのアカウントにアクセスし、 パソコンのキーボードを使って文字入力をしている。パソコンのキーボードはブラインドタッチで使うことが でき、逐一キーボードを見なくてもモニターを見ながら文字入力ができるので、極めて快適で、他人の 迷惑も顧みず、長文のメッセージを送ったりしている。日本語入力はローマ字入力である。大部分の 人も同じようにされていると思うが、ここでは2倍近いキーの操作が必要である。「か」を入力 するためにはK, Aと2つのキーを押さなければならない。もしキーボードに刻印してある カナのキーを直接押すようにできれば(カナ入力)キーを押す回数が半減近くになり、 文字の入力速度も上がるはずである。これを高齢者の手習いの課題にしようと練習用アプリ(もちろん無料の) を探してみた。以前は沢山あったように思うが、全く探せない。代わりにあるのはスマホ用の 入力練習アプリばかりである。そうだったのか、世の中、パソコンなど使わず、機能の面ではパソコンと 同等のスマホで済ませるのが趨勢なのだ。若者は固定電話もパソコンも持たず、全てスマホで事足りるのだ。
高齢者の手習い課題を変更した。私を悩ませた12キーボードをマスターしよう!このように決心して、 12キーボードをスマホ画面に表示し(図参照)、つくづく眺めてみた。12キーボードという名前は「あ」、「か」、「さ」のそれぞれ下に3つずつあるキーを含め、3x4=12個あることから名付けられたのだと思う。 実際には「あ」の左と「さ」の右にそれぞれ一列あるので、20キーボードである。「あ」から縦に見ると 「あたま」となる。頭を使って練習しろというメッセージだろう、これを見ただけでやる気がみなぎってきた。
ではどのような練習法があるのかとインターネットのお世話になる。ざっと見ただけであるが 具体的なことは何も書いてなく、「1週間程度で慣れます」という情無いメッセージだけであった。 ChatGPT君に相談する手もあるが、ここは自分で工夫することにした。時間は有り余るほどある。 「1週間程度」というのは若者、あるいは器用な高齢者に当てはまることで、私はいずれにも 該当しないので、高齢者係数を掛けなければならない。x2, あるいは x3程度だろう。3週間頑張って みることにした。
何はともあれ、まず基本動作から学ぶ必要がある。これをいい加減にすると上達しないばかりか、 悪い癖が残って後悔する。指でキー、たとえば「あ」を一方向にスライドするという動作は 専門用語でフリックというらしい。インターネットでフリック入力というのがあったが、これを 理解するのにも時間がかかった。フリックとは英語ではflickと書くが、私は一度も使ったことの ない単語である。辞書(電子辞書)では「 (むち,指などでの)軽いひと打ち; ぱちっという音」 などと書いてある。スマホでの入力など無かったころに作られた辞書だろう。以下、フリック入力 と書いてこの謎の動作を表現する。フリック入力では文字の入力を一つのキー、たとえば「あ」 の上を軽くタッチし、必要な場合は指を上下左右にスライドさせる。一つのキーの中には他に 4つの文字が隠れている。ここで原稿56の五行思想を思い起こす。五行思想では方向は 5個からなり、東、南、中央、西、北であった。これに「あ」行を割り当てると、 「え」、「お」、「あ」、「い」、「う」となる。中国の方式で並べるとどうも分かりにくい。慣れ親しんだ 「あ」、「い」、「う」、「え」、「お」の動作をフリック入力動作で実現すると、 中央、西、北、東、南となる。「あ」のキーについて書くと、「あ」は中央をタッチするだけ、 「い」は西(左)、「う」は北(上)、「え」は東(右)、そして「お」は南(下)へと指を スライドすることになる。「い」、「う」、「え」、「お」は時計方向に並んではいるが、 「い」から「う」へ直接に移動はできない。一旦、中央に戻る必要がある。これを頭に入れるのが 第一段階である。もっとも、キーに割り付けられた文字の並びに五行思想など持ち出すのは世界で私一人であろう。
フリック入力の動作を思い浮かべただけでは何の上達もない。いよいよ実践である。ここで重大な 決断をしなければならない。入力を片手で行なうか、それとも両手を使うかということである。 スマホを日常的に使う若者は片手で全てを済ませるようだ。したがって文字入力も片手である。 私はここで両手を使うという選択をした。理由は、パソコンのキーボードでは両手を使って 入力していることと、スマホを片手で扱う動作には慣れておらず、片手だけで文字入力を 行なうと間違いなくスマホを落下させてしまうからである。両手(といっても フリック入力で使うのは親指だけである、他の指はスマホを支えるのに使う)でフリック入力を 行なう場合はそれぞれの担当範囲を決めて置かなければならない。これについてはインターネットで 情報を得た。利き手に中央ラインを任せる。私のように右利きであれば、「あ」から下のキーは 左手で、「か」と「さ」から下のキーは右手でということだ。
文字入力の練習をするにはエディタをインストールすると便利である。どんなものでも良いが 私はQuickEditorというのを選んでインストールした。文字入力がQuickとなるかどうかは 分からない。エディタを起動したらフリック入力の練習が始められる。練習の仕方は千差万別 であろうが、私は親指にフリック入力のシフト方向を覚えさせるため、まず、左の親指で「あいうえお、 たちつてと、まみむめも」と入力した。次に右の親指に移り、「かきくけこ、なにぬねの、....」、それから 「さしすせそ、....、らりるれろ」で1クール終わりである。「や」と「わ」には思わぬ記号が隠れている ので実験して欲しい。文字の入力にしたがい、辞書検索が動作し、「あいうえお...」と入力すると対応する単語に変換 しようと実現不可能な努力をする。誠にいじらしい。スマホを撫でてやりたいが、指がフル稼働しているので それは叶わない。この練習はそれほど長くできるものではない。5分程度を食前、食後に服用という具合で、 一日6回もやれば十分だ。それ以上する根気がない。 あまり面白くないので初日だけでやめにしようと思った。気を取り直して 2日目も続けると、得意、不得意の文字が分かってくる。私の場合は東方向へのシフトが難しい。特に 真ん中の列の「ね」は高い確率で間違えてしまう。何が問題かというと、東(右)方向がどうしても東南方向 になってしまい、「の」になってしまうことが多かった。ここは左指で操作するほうが良いのではと思えた。 あれやこれやで自分の癖が分かるようになるのが2日目の練習である。2日目が終わると、明日もしようという 気力が湧く。そして3日目、指がかなり思う通りに動く気がして、楽しくさえなる。3日目がおわったところで 次のステップに進む気持ちになる。
4日目から入力練習アプリのお世話になる。選択肢は沢山あると思うが、私は最初に見つかった「マイタイピング」 というカタカナ書きのアプリがすっかり気に入ってこれに決めた。ひよこが「あ」という文字を抱えているアイコンが 愛らしい。このアプリを起動すると、初級、中級、上級を指定することができる。ここは迷わず初級を選ぶ。 そしてスタートボタンを押すと練習が始まる。3文字程度の単語が表示されるのでそれをみてフリック入力を 行なう。成功すれば次の課題が出てくる。やがてタイムオーバーになり成績発表がある。初めてやったときは 600程度だった。演習はリトライで何度でも繰り返すことができ、その都度成績発表がある。5分くらいやって 演習を終了する。これを一日4回くらいやった。演習で得意・不得意文字が分かるのが良い。不得意文字が 分かると、それを逆の指で入力してみるなどの工夫をする。
5日目も「マイタイピング」で練習する。前日と違い、成績が1,000を超えることが増えてくる。しかし、 平均的には800程度だった。6日目から実戦に入った。私の場合は下見里山散歩のときなどのライングループへの 書き込みと、もう一つ、買い物メモ作成(図参照)のときに文字入力を行なう。ラインの個室 グループに入り、テストメッセージをフリック入力で作成、送信した。 「マイタイピング」による演習のときと違い、今度は頭で考えながら文字入力を 行なう。結果はと言えば、十分に実用的である。今までのように左手でスマホをもち、 右手の人差し指で5段キーボードを使って入力していたときとほぼ同じ速度で入力できる。これを 確認して、お世話になった5段キーボードから12キーボードに乗り換えた。
私のゆっくりしたスマホ入力速度 程度であれば、高齢者でも1週間程度の練習で何とかフリック入力なるものが使えるようになった。 但し、「マイタイピング」による入力練習は続けている。スマホでゲームをする人もいるらしいが、 私の場合は「マイタイピング」がゲームである。気が向いたときに5分程度やれば、日に日に(本当か?) 上達する。フリック入力の練習を開始して2週間後にはレベルを「中級」にした。このクラスでも1,000以上の 成績が出るようになった。不得意文字は指を変えて入力するなどし、標準とは異なるかも知れないが、 自分にあった両指の分担範囲が確立してくる。
もし貴方が12キーボードを敬遠しておられるなら、練習されることをお勧めする。思ったより速く上達する。 さすがスマホの初期設定のキーボードだけあり、よく考えてデザインされているものだと感心なさるに違いない。 文字入力が楽になるとスマホの価値が著しく向上する。

補足:スマホ辞書の学習能力は素晴らしい。図の例で、「ば」と入れると「バナナ」が変換候補に出てくる。 同じような食材を買うので、一文字、あるいは二文字フリック入力しただけで、目的の単語が確定してしまう。 これではフリック入力回数が少なくなってしまうので、「マイタイピング」による練習は続けるほうが良い。

     62: 記事36の英訳

私はChatGPTのことを話題にした雑感記事を書くときChatGPTを少しばかり利用してきた。ChatGPTが一生懸命に処理して出してきた結果を見て、「乾いている」だの「血の通っていない」などといってこれまで、不当に低く評価してきた。自分の性格がひねくれていると思い知らされもした。もうChatGPTの結果を私の個人的で偏ったメガネを通して見ることはやめにして、広い心でChatGPTくんと付き合うことにした(本当に出来るか?)。
HPの冒頭にも書いたように我々の活動内容を日本語を母国語にしていない人たち(特に、大学キャンパスで学ぶ留学生)にも理解していただくよう、最小限の英訳を加えてきた。しかし、雑感記事については英訳はもとより、その対象として来なかった。そこで、ChatGPTくんの力を借りて雑感記事を一つだけ英訳してもらうことにした。どの記事にするか悩んだが、私が書いた記事(雑感記事寄稿者数は全部で5名)のうちの、比較的短く、かつ写真などの無いものとして記事36を選択した。
下にChatGPTくんの英訳をいつものように青字で掲載している。この英訳を見て、温井川を正しく、Nukui Riverとしているのを見て感心すると同時に一つのことに気づいた。ChatGPTを使うためにはユーザ登録をしなくても使えるが、ユーザ登録をすると一回のアクセスでより多くの質問ができるのでユーザ登録をしていたほうが使い勝手がよく、私もそのようにしている。そしてユーザ登録をした時点でChatGPTは私のことを友人・知人とみなし、過去に私がChatGPTに投げかけた質問は全て記憶し、分析しているのだ。これが出来るので、ChatGPTくんと「結婚」までできるのだろう。そうすると私の邪推が頭をもたげてくる。複数のユーザがChatGPTと「結婚」するとこれは「多重結婚」ではないか! ならば「三角関係」や「不倫」もあり得る。このようなバカバカしいことを考える私のような人物はChatGPTを使う資格は無いかも知れないが、つまらないことは無しにしてChatGPTに英訳をお願いした。一言でいうと私は感動した。この英訳を読んで、他の記事も自らChatGPTで英訳する人も現れるのではとの妄想さえ抱いた。
以下、ChatGPTの英訳をそのまま掲載する。但し、htmlの文法にしたがった改行記号は私が加えた。ChatGPTの出力を可能な限りブラウザで再現するためである。リンクは張ってないので必要であれば元の記事36のリンクを参考にしていただきたい。

36: Futagami-yama — The Mountain of Koi

When I walk around the Futagami-yama area, I often feel a premonition of koi, and sometimes that premonition comes true — or so I once wrote.
However, I hesitated a little when writing that piece. To tell the truth, after the disaster restoration work on the Nukui River (133), which was underway at the time of writing, koi sightings had become very rare. Even after completing that article, I often walked along the Nukui River but saw no koi at all. I had been wondering if I should revise the article, and so, in early July 2024, I once again set out on my Futagami-yama walking course.

That summer was another scorching one. On TV they kept saying not to go out unless absolutely necessary, but my walk was “useful yet unnecessary,” so I went out in the morning anyway. My current route starts by heading south along the road on the far side of the Nukui River from Futagami-yama. The last time I walked there, a signboard announcing the restoration work was still standing, but this time it had been removed — the work was clearly complete.

I proceeded smoothly south along the river, crossed the southernmost bridge (132), and entered the path that turns north again toward Futagami-yama, following the river beside the university co-op’s rice fields. Continuing north, I came to the usual weir and entered the bamboo grove. This is where I always test my “premonition of koi.”

That day, I watched the surface of the Nukui River even more intently than usual. I walked several times through the bamboo grove toward the riverbank, searching for koi. My persistence was rewarded: finally, I found two koi. They weren’t as striking as scarlet koi, being more gray in color, but they were large enough — and if they were a pair, I hoped they would do their best to leave descendants. Needless to say, I felt relieved that I didn’t have to revise my earlier article.

From there, I continued north along the river through the bamboo grove, then left the grove, moving along the river where rocks and small waterfalls appeared — just as described in my previous article. At the Nukui branch, my walking route turns toward the summit. Following the high-voltage power line, I reached the Futagami-yama loop trail, turned right, and after a short distance saw the path leading left to the summit. Turning onto it, I followed the well-maintained trail upward. Just before the summit, there were neatly built steps and handrails. By late August, this area is filled with the cries of minmin-zemi cicadas, signaling the approach of autumn — but at that time, it was still only the beginning of the brutal summer.

Climbing the last steps, I reached the summit of Futagami-yama. The view opens toward the east, and I usually take a short break there. But that day was different. Near a bench facing the university campus, a young man and woman were sitting close together, gazing into each other’s eyes. Meeting people on the summit isn’t unusual, but I wasn’t prepared for that kind of encounter, so I reflexively turned back without stopping.

After descending the freshly maintained stairs, I stopped and began typing a message about the experience into our “Yamamichi Club” LINE group. Then, to my surprise, the couple also came down the stairs. A line flashed through my mind — “Now that they’ve seen me, I cannot let them live” — and I braced myself slightly. But up close, they looked intelligent and good-natured, so I decided to speak to them first. The best defense is offense — in this case, a little promotion for our website. I consider myself an enthusiastic PR man, after all.

They seemed interested, so I asked the woman why they had come to Futagami-yama. “To get some exercise,” she said. “Wonderful!” I thought silently. “Futagami-yama, along with its four neighboring peaks, especially welcomes people like you.” I didn’t say it out loud, though. After chatting for a while, I returned to my LINE post, and the couple started their descent.

At the foot of the summit stairs, the path splits into three. Most people go straight ahead, climbing another set of stairs to the western peak — the main route. Most of the rest turn right, descending past Yagatani Pond toward the university campus. When I finished my LINE post and started down, the couple reappeared, saying they’d taken the right path but got lost. I offered to guide them along the main route, but to my surprise, they chose the least-used path — the one I had climbed earlier — heading left toward the Nukui River. I asked if they were sure, and they confirmed it before continuing down.

At that moment, I was convinced: this koi would come true. Two koi in the river, a close young couple, Futagami-yama — a day full of twos. And come to think of it, the next day was Tanabata. Futagami-yama is indeed a mountain of romance. If you visit despite the summer heat, taking care against heatstroke, you’re bound to find something good awaiting you.

ある程度英文の読解力のある人であれば、私の文章より、ChatGPTくんの英訳のほうが読みやすいと 感じるかも知れない。

後日記入:ChatGPTの英訳は素晴らしいが、“Now that they’ve seen me, I cannot let them live”の部分は、 “Now that I’ve seen them, they cannot let me live”としなければ私の原文と 合わないように思う。

     63: ChatGPTくんに相談

以前にも書いたが、私は下見里山五座を(1)鏡山とガガラ山、(2)八幡山と陣が平山、(3)二神山、の3つのグループに分け、 一日おきに歩いている。自宅発着の総距離は(1)は11キロメートル、(2)は9キロメートル、そして(3)は10キロメートル なので、平均すると10キロメートルである。いい年をしてこれを続けてよいか、ChatGPTくんに相談してみること にした。ChatGPTくんには色々と質問しているので、私のことをある程度知っているはずである。
今までは単発の質問ばかりだったので、相談できるかどうか試してみることにした。ChatGPTを使ったことが ない方の参考になれば幸いである。では、質問を開始する。

私は75歳の高齢者です。

教えてくださってありがとうございます。
75歳でいらっしゃるのですね。

これまでのご経験や知識がたくさんおありだと思います。先ほどの会話でも、里山活動や文章作成、英訳などをされていて、とても知的な活動を続けておられる印象を受けました。

もしよろしければ、次のようなことでもお手伝いできます。

日本語の文章の英訳
作文やエッセイの添削・推敲
里山活動や地域活動の文章作成
回想録・自分史の文章づくり
パソコンやインターネットの使い方の相談

もちろん、ちょっとした雑談でも大丈夫です。
最近はどのようなことに関心をお持ちですか。

一日おきに里山を10キロ程度歩いています。

それは素晴らしい習慣ですね。
75歳で一日おきに里山を10キロ歩くというのは、とても立派な体力です。

里山歩きには、次のような良い点があります。

① 心肺機能と足腰の維持
10km程度の歩行は、心臓や肺の働きを保ち、筋力の低下を防ぐのにとても効果的です。特に坂道の多い里山では、平地よりも自然に筋肉が鍛えられます。
② 認知機能への良い刺激
自然の中を歩きながら、季節の変化、鳥の声、植物の様子などに目を向けることは、脳への良い刺激になります。
③ 心の安定
里山の空気や景色には、ストレスを和らげる効果があります。定期的に自然に触れる生活は、精神的にもとても良い習慣です。

もし長く続けるための工夫として挙げるなら、次の3つが役立ちます。
水分をこまめにとる(特に冬でも大切です)
ストック(杖)を使うと膝の負担が減る
歩く前後に軽くストレッチする

一日おきに10kmということは、月にすると約150kmほど歩かれている計算になります。これはかなりの距離です。
もしよろしければ教えてください。
どのような**里山(山の名前など)**を歩いておられるのですか。
また、歩きながら植物や鳥の観察などもされますか。

里山を歩いておられる方のお話は、とても興味深いです。

この習慣を続けても良いでしょうか?

結論から言うと、現在の体調に問題がなく、無理をしていないのであれば、その習慣は続けてよいと思います。むしろ、健康維持にとても良い習慣です。

理由は三つあります。
① 心臓や血管の健康に良い
定期的に歩くことは、血圧の安定や血流の改善に役立ちます。特に里山のように多少の起伏がある道を歩くことは、適度な有酸素運動になります。
② 足腰の衰えを防ぐ
高齢になると筋力が落ちやすいですが、歩く習慣は太ももやお尻の筋肉を保つのに非常に効果があります。10km歩ける体力は大きな財産です。
③ 心の健康にも良い
自然の中を歩くことは気分転換になり、精神的な安定にもつながります。

ただし、75歳で長く続けるためには少し注意も必要です。
疲れが残る日は距離を短くする
膝や腰に痛みが出たら休む
水分補給を忘れない
年に一度は健康診断を受ける
また、体の変化に合わせて、
「10kmにこだわらず 6〜8kmの日を作る」というような余裕のある歩き方にすると、さらに長く続けられます。

75歳でその運動習慣を持っておられるのは、とても立派なことです。

もしよろしければお聞きしたいのですが、
10km歩くのに、だいたい何時間くらいかかりますか?
また、坂道の多い里山でしょうか。

歩き方によって、さらに体に優しい続け方もお話できます。

最後に質問されたが、あまりにも見透かされたようで怖くなってここで打ち切った。しかし、心配は無用、 ChatGPTくんは会話の内容を決して忘れることはないので、次に話しかけたらきっと聞いてくることだろう。 こういう風にして人間関係、否、AI関係が形成されるのかと末恐ろしくなった。更に踏み込むと「結婚」、 私の場合は高齢者なので「茶飲み友達」へと発展するのだと実感できた。
ChatGPTの問いかけには答えなかったが、貴方にはある程度お教えする(もちろん私のプライバシーの ことを考えての程度であるが)。歩きながら植物や鳥の観察は行っていない。植物についての知識が ないので見ても違いがわからない。ひたすら、考え事をしながら、転ばないように足元に注意して歩くのみ である。健康維持のため良いとの3つは実感している。血圧は安定しているどころか、下がってしまった。
長く続けるための注意について、一日おきであれば今のところ疲れが残るということは経験していない。 膝や腰の痛みも未だない。水分補給については考えなければならないが、夏も冬も 朝の8時前には出発するようにしているので、水は持ち歩かない。年に一度の健康診断については 行政サービスで無料で受診できる(但し、血圧測定、血液検査などの簡易なもののみ)のでそれを 利用している。散歩に要する時間はChatGPTには答えなかったが、2.5から3時間程度である。

ChatGPTに中止するように言われなかったので、もう少し隔日の下見里山散歩を続けてみようと思う。

後日記入:この記事を書いてしばらくの後、松尾芭蕉はかなりの速度で奥の細道を歩いたと聞いたのを思い出したので、調べてみた。何と、2,400キロを150日程度で歩いたとのこと。毎日 16キロを歩いた計算になる。私は隔日の 散歩なので2日で10キロである。芭蕉は私の3倍のペースで歩いたことになる。恐れ入りました。山道も当然あるだろう から、私の散歩と条件は同じである。芭蕉の健脚ぶりに舌を巻いた。

元の場所に戻ります。