会員の雑感(7)

     山の音

川端康成の長編小説に山の音というのがある。以前読んだことがあるが殆ど内容を忘れてしまった。今では3日以上前のことはすっかり忘れてしまうので当然と言えば当然であるが、惨めなものである。昨夜ラジオを聞いていると、初期認知症(MCIと言うらしい)の段階であれば保険適用される薬が2種類あり、効果は十分期待できると言っていた。ではMCIであるかどうかの判定はどうすればよいか?簡単なテストは前日夜の夕食メニューを覚えているかどうかとのことだった。このテストは私は当分パスするはずである。なぜなら私は調理担当なので、夕食に限らず全て私が作っているからである。自分が作ったものを忘れると、やはりMCI(若しくはそれ以上)であろう。まあ、3日程度は覚えているのでもうしばらくは大丈夫かと今のところは安心している。
毎週下見里山5座を歩いていると、山の景色は全て覚えてしまい、散歩から戻っても何を見たか、ほとんど思い出せないことが多い。無意識に歩いているのである。しかし音は別である。里山なので近くを道路が通っており、車両の音が聞こえる場所もある。少し前の話になるが、八幡山を歩いているとき、ブールバールの方向から救急車やパトカーの音が随分と長く聞こえたことがあった。戻ってからブールバールで幼稚園の送迎バスが中央分離帯に乗り上げ、樹木に衝突したと知った。送迎バスに乗っていた園児に残ったと思われるトラウマを思うと心が痛む。この幼稚園は私の自宅に比較的近いこともあり、その後の様子も耳に入ってきた。当面は送迎バスの運行は中止され、その後は外部の業者が送迎担当となったと聞いた。
比較的最近、また八幡山での出来事であるが、パトカーの音が多数聞こえたことがあった。この時は東広島から海田市に向かう国道2号線バイパスのトンネルの中で車両火災が起きたとのことだった。
いくら里山でも何が出てくるか分からないので耳はそばだてている。 イノシシが出てきたらどうしようかと以前は心配したが、今までに一度も見たことは無い。代わりに野犬は経験した。2年くらい前に奥田東山から為実神社に抜ける竹やぶ(写真参照)を歩いているとき、野犬が 吠えるのを3回続けて(3週連続して)聞いたことがある。 一頭だけの鳴き声だったので集団で襲ってくるとは思われず 安心したが、山で犬の声を聞くと不安である。鳴き声が聞こえなくなってしばらくして為実神社で 神社の清掃をしている人に会ったので聞いてみたら、野犬が山に迷い込み、子犬だけ捕獲されたので 親犬が吠えていたのだろうとのことであった。親犬も捕獲されたのか、どこかに行ってしまったのかは よくわからないらしい。
また八幡山での出来事であるが、八幡神社に近いあたりで野犬が吠えていたのでよく見ると 5メートル位離れた位置の木の陰から私に向かって吠えていたので流石に緊張した。この時も一頭 だけで目をそらせて自分の下山道に沿って歩いているといつの間にか向こうもどこかに行ってしまった。 相手の犬も私を見て恐怖にかられ、吠えたのであろう。野犬についてはもう一件、今度は二神山での 出来事である。温井川に沿って二神山の裾を北上すると、温井川が大きく湾曲している部分がある。 ここで野犬の吠える声が聞こえ、二頭が私の方向に走ってきた。私の経験した最大のピンチである。 しかし、犬たちは私など見向きもせず川沿いに南下した。何かを追いかけていたのだろう。唯の 野犬ではなく、トレーニングされた犬のようにも見えた。
動物に会った(鳴き声を聞いた)のはこれくらいで残りはセミである。あちこちに書いているが 私の夏の最大の楽しみはミンミンゼミの声を聞くことである。ミンミンゼミの鳴き声が聞こえる 場所が年々増えているのは嬉しい限りである。もちろんミンミンゼミ以外にも夏の終りには ツクツクボウシも鳴く。ヒグラシは良く見かけるが、私が歩く時間には鳴いておらず、私の 足音に驚いて飛び回るのみである。鳥は比較的少ないと思う。たまに聞くことはあるが、カラス 以外は私には鳥の区別がつかない。
野犬の鳴き声を聞くのは不安であるが、滅多に無いことである。良く聞く不安な音は何と言っても 竹のきしみである。風が少し強いときに竹林の中を歩くと、竹が互いに衝突する音、あるいはヒビの 入る音が鋭く聞こえ、思わず身構える。シシオドシのレベルではない。
「山の音」というより「山での音」という話題になってしまったが、散歩中に音を楽しみ(怯え)ながら 歩くのも自然との対話である。書ききれなかったが、キツツキと思われる音も聞いたことがある。 下見里山は、一部を除いて人間の活動音がしないので山歩きの雰囲気は十分に味わうことができる。 うろ覚えであるが、川端文学の「山の音」は地鳴りのような音だったと思う。私が経験した 山での音とは全く異質の(もちろん想像上の)ものであろうが山と音という単語が鏡山からの 帰り道、急に結びつき、駄文にしてみた。 川端康成の「山の音」を久しぶりに読み直してみる予定である。

     雷神山

「地震、雷、火事、オヤジ」という言い回しがある。これは恐ろしい順に並べてあるのだろう。我が家に於いてはオヤジの権威は無く、したがって恐怖の対象ではないのでこれは省略する。するとこれは災害規模の大きい順に並んでいると理解できる。発生確率は逆順となり「火事、雷、地震」というところだろう。災害規模、発生確率のいずれの基準でも真ん中の雷がこの度の話題である。これらの写真(171),(172)をご覧いただきたい。
右の図は陣が平山周辺のものであるが、図中のLTGと書いてある位置にこれらの木が5メートル間隔位で並んでいる。以下、「これらの木」と書く代わりにLTGと記す。我々がLTGを発見したのは偶然である。2024年の12月頃に陣が平の西斜面(図のJGV2, LTGの上方)で植樹のための伐採作業が大規模に始まった。西斜面には我々の整備した登山道があったのだが、またたく間に失われてしまった。そのため、代理の登山道を南側に整備していたときにLTGを発見した。ではLTGは他の木々と比べて何が違うのかと思われる方も多いはずである。見えにくいが木の下部、根元付近を見ていただきたい。LTGでは根元付近が黒く焦げて炭のようになっている。もちろん誰かがLTG付近で焚き火をしたのではない。そう、LTGで落雷が発生してその名残である。LTGの2つの木の間隔が狭いので同時に稲妻の影響を受けたのだろう。LTGの2本だけの受難である。ああ、愛おしい。
LTGを発見した後も、私は週に一度位の頻度で陣が平山、八幡山と散歩していたのだが、LTGを再度見つけることは出来なかった。二神山で鯉に焦がれ、陣が平山でLTGに焦がれるというのが私の散歩の楽しみでもあった。二神山の鯉のほうは最近は白いのを一尾(145) 見るだけ(見ない日が多い)、陣が平ではLTGを見つけることが出来ずにいたが、本日、LTGに再会し、駄文を起こすことにした。
考えてみると不思議である。何故に根元だけが炭化したのだろう。木の頂上に雷神が降り立ち、途方もない量の電流が木全体を流れるはずである。電気のことを少しでもご存知の方なら、発生する熱量は電流の2乗掛ける抵抗値となることを覚えておられるだろう。すると根元付近が特に抵抗値が大きいことになる。これは樹木の専門家に聞くしかない。ご存知の方がおられたら、HPの連絡先に是非メールを寄越していただきたい。金一封を差し上げることは出来ないが、この文章の末尾、にお礼も含め、概要を紹介させて頂く。
実は、本日、陣が平山のかなり広範囲を歩き回ったのだが、図の東別、八幡北口付近でも根元の黒い木を認めた。他の4座では、もちろん全てを調査しているわけではないが、根元が炭化した木を見たことがない。個人的にではあるが、陣が平山の別名を雷神山とすることにした。落雷の影響を受けながら、山火事を引き起こすこともなく、根元の炭化で踏みとどまる忍耐強い山、それが雷神山である。自宅から陣が平山山頂までの距離をカシミール3Dで求め、音速の 340m/秒で割ってみた。6秒ちょっとだった。稲光がして6秒程度で落雷の音がしたら雷神山に様子を見に行く決意をした。
雷神山から八幡山へ散歩する果報者は他におられるだろうか?私の下見5座依存症は筋金入りである。

     YAMAPな人々

 新型コロナによる外出自粛は過去のものとなりつつある。これに伴いインバウンド需要もコロナ禍前の水準にまで回復し、外国人観光客が戻ってきて主な観光地は以前のように外貨獲得に貢献しているらしい(私は観光地に出かけないので、新聞などの記事をもとに想像で書いている)。少子高齢化で内需拡大が見込めない日本としては結構なことである。
下見里山に外国人観光客がやってくることは考え難いが、HPに記載してある英訳を見て、平和公園・宮島の次に下見里山に立ち寄る可能性はゼロではない。明けても暮れても雨さえ降らなければ隔日で下見里山を歩く身としてはこのような稀有な出会いをいち早く察知できるはずであるが、まだその兆候は無い。絵空事はこのあたりにして本題に入る。
私の里山散歩は午前中に実施しているので、平日に人に会うことは稀である。散歩が土日(あるいは祝日)に当る場合、たまに人に出会う程度である。一番多いのは鏡山登りで、私のように軽装で行動される人も見かける。感心したのは仕事中に自動車で鏡山近くを通りかかったので、公園の駐車場に自動車を停め、昼休憩に鏡山山頂に登った人と出会った時である。このような人が居られる限り、日本の将来は未だ明るい。走って登る人たち(恐らくトレイルランの練習)に出会ったこともある。 場所は二神山登り(階段がある)とガガラ山の鏡西通りからの登りである。
たまに、ちゃんとした山登り用の服装で登る個人、もしくは団体に出会うこともある (179)。このようなときは必ず、今歩いている山道を どこで知ったのか聞くようにしている。大抵、答えはYAMAPである。続いて スマホに入れているQRコードを読み取ってもらうことで我がHPの紹介を行う。YAMAPな人々に複数回出会ったので、YAMAPとはどのような団体かインターネットで調査した 。YAMAPのHPに行くと山名で記事を検索できるように なっている。これは当然の機能だろうが、試しに検索してみた。鏡山と二神山は検索項目にあったが、 八幡山とガガラ山は無かった(ガガラ山は項目にあるが下見里山のとは別の山)。意外だったのは 陣が平山が検索項目にあったことである。私が下見里山で活動を始めたときには 陣が平山の名前は全く知らなかった。
YAMAPユーザは山名で検索し、登りやすい山を探しておられるのだろう。会員の大部分 は現役の会社員だろうから、週末の限られた時間をやりくりして我が下見里山5座に来られて いることを思うと頭が下がる。一回と言わず、今後ともどうぞお越しいただきたい。
YAMAPに掲載されている記事を参考に、下見里山のどの山道を歩いておられるか調査し、 平均的な利用山道を上の図の ように赤線で記入してみた。時間が限られているのだろう、利用されているのは下見里山道のごく一部である。 また、山歩きの起点は鏡山駐車場が多いようである。 我々のHPのモデルコースを参考に、もっと広範に歩いてYAMAPで情報提供をして頂きたい。 HPの冒頭部分に記載してあるように、我々の目的は里山道を積極的に歩き、昔からの財産で ある山道を消失させないことにある。この観点から、YAMAPの情報発信力は強い味方である。

     H+J=L

山の中を無心で散歩していると他愛もないことを考えるとともに、時として古い歌が出てくることもある。昔、 X+Y=Loveという歌があったのを思い出した。家に戻ってインターネットで検索してみると、これは1970年に ちあきなおみの歌として発売されたと出てきた。いつも思うが便利な時代である。私のように大事なことも3日程度しか覚えていない人間でも、微かな記憶から昔のことを検索出来る。多謝!
1970年と言えば私は未だ暇な大学生だった。時間に余裕があったので方程式としては無意味なこの題名の 歌を聞いて喜んでいたのだろう。大学紛争は終盤でキャンパスに機動隊が入ってきた頃でもあった。世の中が殺伐としていたとき、意味不明な愛の歌がヒットしていたのではと思い返した。「嗚呼、懐かしい、あの日にかえりたい」とは今は思わない。高齢者になると昔のこと(そして将来のことも)は考えず、今日を 精一杯生きるのが一番である。
この記事をお読みの方は直ぐにお分かりであろうが左図は八幡山(H)と陣が平山(J)の1/2,500の地図に 我々が独自に名付けた特徴点を付加したものである。この2つの山は隣接していて比較的小さいので 2つ纏めて歩くのに丁度よい。私の散歩でもそうしているし、YAMAPで来られる方々もそのように しておられる場合が多いようである。
両者を分断しているのは我々が八陣通りと名付けている道であり、その 道の南の端に近いところに(小さくて恐縮であるが)H6, J3と書いてある点が2つの山を結ぶそれぞれの登山口で よく利用されている。HPに複数のモデルコースが掲載されているうちの (HJ-1)は掲載位置は2番目であるが、我々が一番最初に作り上げた モデルコースである。私は下見里山のうち最初に目指したのは八幡山だったが、間違えて陣が平山に 登り、改めて八幡山に登って藪漕ぎをしたのを思い出した。このように2つの山は一体化して見える。 ところで貴殿は図のニコイチの山を見て何の形を連想されるだろうか?ハートの形を思い浮かばれる方も 多いのではと思われる。ハート=Love、そう H+J=Love, 略して H+J=Lである。
下見里山には自然の生み出した奇跡と思われるものがある。モデルコース (G-2)にある潜り岩はその最たるものであろうが、H+J=Lは 更にスケールの大きいものと言える。ハートの中に食い込んだ2つの池のうちの大きい方は 森永池という名前であるが、これは真珠貝に抱かれた真珠のようにも見える。するとここに 恋愛のホットスポットを示す碑が建っているのではと期待するかも知れない。残念ながら 池の説明を書いた案内板しか無いが、信ずれば救われる、愛の成就を求める人はここに来て その碑に触れば何かが起こるかも知れない。
ここで得意の言葉遊びである。下見五座は記号で書けばFGHJKで、抜けているIは愛で補ってほしい とHPの本文に書いた。そして H+J=LであるからFGH+JKLである。何という美しい並びかと 自画自賛した。やはり下見五座には何かがある。時間と体力が許せばこの神秘な世界を 訪れないと後悔しか残らない。貴殿がお越しになられることを心(=ハート=L)よりご案内申し上げる。

     昔の山に登りたい

山登りには種々のレベルがある。最高峰は何と言ってもエベレスト等への冒険登山であろう。国内に 限定すると、日本アルプスなどの高山を目指すのが高度な登山と言える。少しレベルを下げると 百名山、さらに下げるとYAMAPの人々のハイキング登山ということになる。最下レベルは 私の行っている里山歩きである。高齢者の私にはこれが限界なので、ステップアップしようとは 思わないし、できない。では登山としては最下レベルの散歩者がエベレストに登る人々でもできないことを やってみようと考えたのが昔の山に登ることである。もちろん実際に登ることはできないので バーチャルに登る(登った気分になる)。それであれば、誰でも出来るではないか?その通り、 しかし私のように時間に余裕のある暇人でないとできないだろう。エベレストに登る人が バーチャル登山で喜ぶとは思えない。
バーチャル登山の手始めはタイムスリップすることだった。確かにこの記事を書いた時点では1950年頃の様子を垣間見たような気がした。しかしこの図では迫力に欠け、余り里山に登ったような気がしなかった。以下ではやや技術的なことを書くが、高齢者の私にでも出来たことなので難易度は高くないはずである。気楽に読み進めてほしい。
私は時間つぶしに散歩データをPCで動作する2つの優秀なアプリ、カシミール3DとQGISとで処理して遊んでいる。タイムスリップの記事を書いた時点ではQGISのことは知らなかった。今昔マップのことを聞いてパソコンのブラウザで今昔マップの下見里山部分を表示し、そのスクリーンショットを取り、カシミール3Dに取り込んでgpsロガーデータを重ねたのがタイムスリップ記事に掲載している画像である。
その後、QGISのことを知り、カシミール3Dの使用頻度が激減した。最近ではカシミール3Dはほとんど使っていなかった。ところがQGISでは出来ないが(私の知る範囲では)、カシミール3Dでは出来る重要なことが一つある。それは高さデータを取り込み、3D風の表示をすることである。山の形状を3D的に表現するとバーチャルリアリティの程度が著しく高まる。これを感じたのはカーナビの画面である。私の使っているのは古いカーナビなので地図は2D表示であるが、車検のとき一時的にレンタカーにお世話になったが、その時のカーナビは3D風表示だった。2D表示に慣れている私には不自然で使い難かったが、世の趨勢は3D風表示だろうと感じた。
そこで図を見て頂きたい。これを作成した手順を簡単に書く。まずQGISで今昔マップを表示する。今回は 1925-1932年のものを使用した。時は大正時代、年表を参考にすると、1925年には第2次護憲運動、 1926年には大正天皇崩御とある。そして昭和時代に移る、そのころの地図である。簡単にいうと この文書を読んでおられる方々が生まれるよりかなり前の頃の地図である。QGIS画面に表示された 今昔マップの地図のスクリーンショットを撮る。ここでモニターサイズによる限界が生じる。私の モニターでは上の図のサイズが限界だった。もちろん、縮小サイズで表示し更に広範囲を 取得すれば良いのだが、そうすると高さデータを重ねたときの見栄えが良くなかった。
スクリーンショットを撮って、これをbmp形式に変換すればカシミール3Dに読み込むことが出来る。 しかし事はそう簡単では無かった。取り込んだ地図をカシミール3Dにそのまま読み込むと、どういう 訳か画面には地図ではなく、黒の斑点のみが現れ、使い物にならなかった。これで一旦は諦めた。 しかし、本日、ふと気がついた。取り込んだ地図には目には見えないがノイズが乗っているのでは ないだろうかと。そこでノイズ除去のできるアプリ(私が使ったのはIrfanview)にスクリーンショット の画像を読み込ませ、ノイズ除去(sharpenというメニューを使った)をした後にbmpに変換し、 カシミール3Dに読み込ませたら、見事に今昔マップを取り込むことが出来た。なお、今昔マップ には6つの年代(広島県の場合)があり、全てがカシミールで直接は読み込めないという訳ではなさそうだ。 何はともあれ、私が思っていた今昔マップの地図をカシミールに読み込むことが出来たので、記事に した次第である。
カシミール3Dに高さデータを重ねる(mat画像と名付けられている)には工夫が必要であるが、長くなる のでここでは省略する。1925-1932年の今昔マップに高さデータを重ね、一日コース(FGHJK-1)の gpsロガーデータを重ねたのが上の図である。カシミール3Dで3D風の表示を行うための表示方式 はパレットを変更することで種々に設定できる。私が最も立体感があり、かつ落ち着きがあると 判断したもので3D風表現をしてみた。 上の図を見て改めて今昔マップの緯度・経度の正確さに感心した。当然のことながら山の大枠は 変化していない。大変化は何と言っても道路建設である。図のBB1, BB2, BB3はブールバールの中心線で ある。良くも山を削ったものである。E1:三ツ城古墳公園とポンプ場の間には国道2号線が ある。これも建設は大変だったろう。ブールバール沿いにある中央図書館が道路より随分 高い位置にあるのも頷ける。鏡山公園も良く建設したものだ。

現実にもどり下見里山散歩を続けることにした。

後日記入:記事を書いた直後は気づかなかったが、ポンプ場から北側は高さが不足しているように 見える。更に、図書館のあるあたりは高さが不足していて山の表現ができていない。これは 高さ計算のもととなっている国土地理院の10メータメッシュデータは1930年頃に作成されたもの ではなく、比較的最近に計測、作成されたからである。この意味では上の図は1930年頃の3D風表示とは 言えない。残念であるが仕方がない。

     里山とは?

米価に関連する失言で農水大臣が更迭された。米は本当に「余るほどあるので支援者から頂ける」のか、あるいは全体量として不足しているのか一般国民には分からない。また、米の適正価格はいくらなのかも分からない。適正価格というのは米農家が安定して米作りを維持できるものでなければならない。私の散歩コースの大部分は下見里道か田んぼの畦道である。畦道を歩くと米作りの経験は全く無い私でも農家の方から米作りの 大変さを聞き出すことが出来る。
名の通った銘柄米を生産しておられる農家の状況は分からないが、私の住む地域でしか出回らない銘柄 (現時点では”恋の予感”が多い)を作っておられる農家の状況は厳しい。 兼業農家でなければ生活は維持できず、先祖から受け継いだ田んぼを守るという義務感でやっておられる 農家がほとんどだそうだ。休耕田にすると草茫々になり(理由は良くわかないがセイタカアワダチソウ は最近少ないように見える)、付近の田んぼに迷惑となるとのことだ。 これに高齢化が拍車をかける。現在では米作りは機械化なくしては 成り立たない。農作業は田起こしから始まるが、その時に必須のトラクターの値段は高級車なみだ そうだ。私が話を聞いたその相手は私が高級車に乗りそうな人物に見えないので具体的な価格は 伏せたのだろう。真っ当な判断である。散歩途中の私が価格を聞いて腰を抜かし歩けなくなると 大変だと直ちに頭が回るとは、流石に自然相手の作業をしておられるだけのことはある。 素人の推定として 500万円と踏んだ。この減価償却費が米作りのコストを著しく高め、 米は安価には生産できないというのは簡単に分かる。
米の適正価格は良くわからないので、もう少し身近な、我々にとっては分かり易い ように思える「里山とは何だろう?」に話題を転じる。 この記事に書いた理由で、無理をしてHPの一部を英訳した。その時"里山"はどのように英訳できるか で先ず躓いた。インターネットで検索してもChatGPT君に聞いても答えは"Satoyama"だったので 苦し紛れに英訳した結果をHP本文に入れた。本日、気が向いて検索してみると見つかった。 日進月歩である。

(google検索結果の引用)
英語で「satoyama」とは何ですか? 「undeveloped woodland area near a village」を直訳すると「村に近い未開発の森林地帯」となり、山野自然と人間が共存する地域のことを指します。 また、"satoyama" という日本語のローマ字読みが使われることもよくあります。2024/03/28
(引用、ここまで)

最後に書いてある日時以降に検索したように思うが、見つけられなかったのだろう。兎に角、 一つのお手本を見つけることが出来た。near a villageは私の感覚と合致するが、undevelopedという のがどうも引っかかる。HPにもあるように我々は嘗て利用されていた山や山道を相手にしている。 人里近くにあるが全く人の手が入ってこなかった山を整備しようというのではない。google検索に 楯突くわけではないが、我々の立場からの見解を含めて、このように書き換えてみた。
anciently developed woodland area near a village
google君、この表現も持っていってくれ給え。検索結果には関連して次のものもあった。

(google検索結果の引用)
世界に一番近いSATOYAMAはどこですか? 市原市観光振興ビジョン【令和2年3月改訂】 | 市原市ウェブサイト 「誰もが 訪れたくなる おもてなしのまち いちはら」

本市には、地域の人たちによって守り、育まれてきた「世界に一番近いSATOYAMA」があります。 そこは、豊かな自然が広がり、悠久の歴史、日本一の数を誇るゴルフ場、ローカル線の小湊鉄道などの魅力があふれているまちです。
(引用、ここまで)

"世界に一番近い"とは恐れ入った。この"世界"とは人間世界のことなのだろうか?まずこれが 分かりにくい。更に一番近いとは距離的、それとも心理的?私のような屁理屈をいう人間には 理解し難い。市原市は大都会の近くにあるので我々の感覚とはかけ離れて里山を捉えられて いるのだろう。「自然が広がり」については我々のところは負けないと思う。人口希薄、交通の便悪しの 大自然に囲まれたところに我が下見里山は位置している。「悠久の歴史」についてもこちらは 古代人の墓もあり、山城の置かれた時代も経験しているので負けやしない。「ゴルフ場」については 二神山の隣に一つあるだけで完敗。しかし、里山とゴルフ場とは無関係、もしくは対立するように 思うが如何だろう。「小湊鉄道」のようなローカル線ではなくこちらには山陽本線、新幹線がある。 但し、下見里山からだと、どちらも歩いて1時間以上かかる。アクセス時間についてもこちらの負け。 やはり貴方は「世界に一番近い」ようだ。
里山の捉え方は米価と同じく、立場により隔たりがあるので、比較そのものがナンセンスである。 共通認識としては人間と(山を通じた)自然とを結びつけ、人々に安らぎをもたらすとともに、 自然保護をも進めるという壮大な試みということだろう。里山活動について改めて考えてみた。
インターネットの検索機能は高齢者の知見を広めるために大いに役立つ。

元の場所に戻ります。