私は週に平均三回、一回あたり約10キロの散歩をしております。幸いに下見里山を擁する賀茂台地には散歩に適した
道が沢山あります。散歩に適した道とは、もちろん自動車の交通量の少ない(ほとんど無い)道のことです。散歩の醍醐味は
景色を見ながら、あるいは考え事をしながら無心に歩くことにあります。考え事をするためには自動車の通行を気にする必要が
ほぼ無いことが望まれます。田んぼの畦道はこの意味で大変貴重で、それがふんだんにある賀茂台地は私のような年金生活者
には理想的な居住環境と言えます。
歩いているとメンタルの健康維持にはこれ以上のものは無いと実感できます。また、副産物として
運動不足の解消になることは言うまでもありません。ある年齢を超えるとボール遊びやジョギングでも筋肉に瞬間的な負荷が
かかるので私はこれらを「高齢者の不健康運動」とよんで顰蹙をかっています。私は高齢者には散歩と水泳しか「健康的な運動」
は無いと、根拠はありませんが確信しています。
話しが横道にそれましたが、自宅を起点にして約10キロの快適な散歩コースを探すのを定年後の楽しみにして、今までに
9つのルートを創り上げました。誰の参考にもなりませんが、名前だけを挙げておきます(二神山、七ツ池、真光神社、土石流跡、
清滝・八本松駅、小関、古河川・東山、八幡山、ガガラ山)。これらの中で、二神山、八幡山、ガガラ山は我が下見里山に含まれる
ものです。
散歩を始めて気づいたことですが、歩き始めた頃は3キロでもある程度負担に感じました。しかし、次第に慣れて、10キロ
位までならほとんど疲れません。10キロといえば散歩では約2時間のコースです。2時間無心に歩けば心は完全にリフレッシュ
され、年金生活者の時間つぶしには申し分ありません。しかし、疲れないので達成感が余りありません。でも心配はご無用、ルートの
中に坂道を加えれば良いのです。坂道を散歩に取り込むことは簡単に解決できます。下見里山を利用することです。
私のコース紹介の中にある二神山ルートには
二神山の西口から入り、ほぼ尾根線を通って北東部に抜ける区間が入っています。ガガラ山ルートも同じように尾根線を利用しています。
八幡山は今の所、周回するコースとしています。山に入って2回ばかり散歩道としての可能性を探ったのですが、未だ適した山筋が
確定できていません。
下見里山を楽しんで頂く方法は沢山あります。可能であれば下見里山の山道を散歩ルートに組み込んでみて下さい。
そうすると良い運動にもなりますし、里山の山道保全にも役立ちます。鏡山は長いので一部だけを含めるのが
良さそうです。私もまだ最終決定はしていませんが、鏡西通りから入り、鏡山の頂上を経由して鏡山公園休憩所に降りるルートを
試験的に歩いたことがあります。
これはまだ私の個人的な計画段階にありますが下見里山の5座について、散歩ルートに組み込みやすい
登り口と降り口を発表しようと思っています。
皆さん、里山に気軽においで下さい。
この会に二回しか活動に参加していませんが子供の頃のことを思い起こしています。
私が生まれたのは賀茂郡八本松町字飯田です。
その当時の我が家は山の麓で細い道を登りきったところにありました、親父は田舎の三男で山の一部を切り開いて家を建てたとのこと。
当然ガスも無くかまどでの炊事でした。燃料は裏山から取ってきた芝を使っていたのを記憶しています。裏山は子供の頃からの遊び場で、時間があると登ってその山道を走って下りる事をやっていました。秋には松茸を採りに行き、正月には親父が稲のわらと山から取ってきたシダで飾りを作りです、その当時は里山と言う概念は無く、山は生活の一部でした。因みに便所はポッタンで畑に肥をまいていましたね。
本家は少し大きな農家で農繁期には分家一家も手伝いに行き田植えをし、本家が終わって我が家の小さな田んぼをしていました。本家は田を耕すの為に牛を飼っておりましたが、我が家はどの様に耕していたのか記憶がありません。当然稲作りには水が必要で水は溜め池から引いています、その水も山から流れてきており山があっての生活だったのを再認識しています。
つい先日、本家に行った時、昔の炊事場がそのまま残っていたので懐かしかったです。
この写真からおわかりのように土間があり、この辺りでは珍しい茅葺きの家です。
今も同じ場所に我が家がありますが環境はすっかり変わって、家の前に志和に抜ける大きな道があり朝夕の通勤時間はうるさい場所になってしまいました。 裏山も芝も取らず、松茸も生えず、正月飾りも作っていません。 先日昔の山道に行くところを見たのですが木が生い茂っており足の踏み入れられない状態でした。 締め切り時間も無く、必要とする人もいませんが昔のように裏山に登れる様にしたくなり先ずは山に入る場所を整理することから始めています。
私たちが活動の場とする「下見の里山」は、HPの構想図に示すように、山5座と広島大学の6拠から成っています。これらは概ね東西に連なっており、東から西に向けて八幡山と陣ヶ平山が2座、そのやや南西に鏡山とガガラ山の2座、さらにその西に大学を挟んで二神山があります。大学を加えた理由は、構内が市民に開放されていて自由に散策することが出来るためです。図書館の本の閲覧や、博物館の展示品の観賞も自由です。敷地内には小山や池があり、小川も流れています。敷地の広さは国立大学1,2を争う「広大」さを誇り、構内の散策だけでも1座を巡る場合と同等かそれ以上の時間が掛かり、ウオーキング場所として十二分の価値があります。加えて、陣ヶ平山とガガラ山は大学の管理地なのです。下見里山を総称して「5座6拠」と呼ぶことがあります。
下見村はこれ等の山々の北部に広がっていました。陣ヶ平山の北西山麓は村の中心で、60
年程前に廃校になった「下見小学校」があったそうです。地元の70歳近いお年寄りがこの小学校に通っていた頃には、南北の通り、通称「八陣通り」、「鏡西通り」、「大学前通り」は無く、里山の南側へは山越えを余儀なくされたはずです。サイエンスパーク周辺はおろか鏡山公園付近ですらも、滅多に行ったことが無い僻地だったと思われます。大学前から西条駅に至るブールバールも、全て大学移転(1982年)後に造られたものです。
鏡山トレッキングはHPで紹介されている大周回コースがお勧めです。これを含めて2,3のコースを簡単にご紹介したいと思います。鏡山城跡は国指定の史跡として公園化されており、市民の憩いの場として、ウオーキングなどで年中賑わっています。鏡山は標高340m位いですが(平地の標高は約230m、下記も含めて数値はアバウトです)、鏡山の東には「奥田山」があり、さらにその東側に標高300m弱の小山「奥田東山」(仮称:公園の奥田池にちなんで)があります。前記の大周回は奥田東山と鏡山を併せて走破するものです。
鏡山の登山口は、大きく4箇所あります。北側の公園部A、西方ガガラ山との隣接部B、南部鏡谷神社付近C(城跡を挟んでAの反対側)、およびサイエンスパーク付近D (城跡の南東部)です。通常鏡山登山で使われる登山口はA~Cです。A 付近には幾つかの登山道があったのですが、2018年の集中豪雨で通行不能になっており、現在2本が使えます。地点D付近は新しい街で、前記のように下見のお年寄りには馴染みの薄い街です。この付近にある登山口3か所を、D1 、D2 、D3 として紹介します。
D1 は国際プラザ(JICA)のすぐ南西角にあります。ここから奥田東山を経て、鏡山との境界鞍部E( 標高250m)経由で城跡に達します。D1 ⇒奥田東山(150m)⇒鞍部E(100m)⇒鏡山城跡(200m)⇒ガガラ山隣接部B(200m)となります。このコースは比較的良く整備されています。D2 は大周回コースで、出発点は酒類研究所北東角です。D2⇒吾妻子配水タンク(100m)⇒奥田東山(150m)⇒以降、D1参照。D3 はD2より約300m北東にある為実八幡神社が出発点です。D3 ⇒奥田東山(300m)⇒以降、D1参照。このD3から奥田東山至るコースは未整備で、やぶこぎの経験が要ります(事故は自己責任)。なお、鞍部Eから鏡谷神社C へ山裾を巡るコースも良く整備されています。下見区民にはD地区は馴染みが薄い街ですが、池を中心とする公園はよく手入れされていて、近くの国際プラザでは安くて美味しい定食が食べられます。トレッキングの計画にここでの食事を加えることも一顧の価値があります。
里山は人の生活に寄り添った山であり本格的な登山の様に登山計画・装備の準備など要らず思い立ってすぐアクセスできる山です。今は昔と違って生活に必要な調達先ではなく、自然にふれあう場所になっています。それに一般道路も整備され里山は一方向から受け入れられていた時代と違い、ぐるりと道路に囲まれている山が多くなっています。それが良いのかどうかわかりませんが、鏡山のアクセス地図見て「鏡山一筆書きトレッキング」が出来そうなのでやってみました。
一筆書きの始点と終点は鏡山公園休息所とします。
先ず休息所から東に広場横の通路を進みAを通り過ぎて奥田大池の周回路に入ります。
地図上では二つある池の南側に里道が有るのですが周回路上から見て消えており、仕方なく途中の階段を下りて駐車場を横切り一般道を東進して旧375号線に出ました。この道は右手に畦越しに山、左手は田んぼとかつての里山風景が残っています
旧375号線に出たら南進してボート販売店過ぎの北に入る小道を進むと、為實八幡神社の鳥居がみえます。お詣りして神社左手にあるD3から前回藪漕ぎしたルートを通ってEに向けて登りました。
この間は前回整備したままで切り株が残っており足下注意です、でも落ち葉が厚く積もっておりフカフカして気持ちが良いです。
Eから南に向かって整備されている遊歩道を通ってD1に進みます、この道は整備されているのですが一カ所大きな倒木があり乗り越えが必要でした。D1に下りた理由は一筆書き上の最長であるD2-Bの尾根道、鏡山大周回コースを歩きたかったからです。
D1からD2は舗装路であまり面白みは無いですが学生がテニスをしている姿を横にみながら少し楽しめます。
D2取付の祠横から入りました、最近整備された跡がありますが給水塔まで準藪漕ぎ状態でした。給水タンクからの山道は結構整備され歩きやすかったです。
Eで合流してP1の奥田東山を目指して尾根道を北進します。(この間一筆書きのルールを破りますがご容赦)
Cへ抜ける遊歩道を横切ってAから鏡山山頂に向かう遊歩道に合流してそのまま西に進みP2の奥田山をだらだら横切り、P3の鏡山山頂で小休止して山頂からの眺めを堪能しました。昔はどの様な風景が見えていたのでしょうか? 鏡山山頂は見晴らしもよく、回りは結構切り立っておりここに山城を築いた理由もわかります。
いつも山城に来て思うのですが、毎日この山城に出勤する方々はお役目ながらご苦労様です。
この時期(二月末)には珍しい雪が降っており寒い中汗が冷えないうちに出発です。
後は整備された遊歩道を西進してBから一般道に入ります。途中地図上に尾根から右に下りる道がありますが2018年の豪雨のせいか谷が崩れており道はなくなっていました。
Bから鏡山公園までは忠告に従いブールバール歩行者レーンを使いました。
以前私も公園内の遊歩道を通った事がありますが山崩れしたところと沼地に苦労した覚えがあります。とは言えそのまま公園休息所に進むのは芸が無いので駐車場からしばらく公園内を西進し、大回りして休息所に到着です。
歩いた距離は6.2km、獲得高度308m、時間は1時間45分でした。
平日のためか高齢の方々と犬の散歩されている方々が公園内に目立ちました。広大用地買収時の勇み足で鏡山公園が出来たことで、自由に使える山があり里山保全に役立っていると実感いたします。
次回はAとCを使ったケースを考えてみます。
ハイキング、登山、トレッキング、いったい何がどう違うのか?
トレッキングとは軽い登山を伴うハイキングのことのようです。ハイキングは必ずしも山にはこだわりません。登山では多くの場合山の頂上を目指しますが、トレッキングでは自然を楽しみながら、のんびりと山裾を散策することもあります。HP本文
で最初に出ているモデルコース「ガガラ山縦断とキャンパス散策」は、ドンピシャリのトレッキング。登山とハイキングの両方が、手軽に体験できます。広大生であれば昼休みにチョイと、がOKです。
ガガラ山では石器時代から縄文時代(今から数万~数千年前)にかけての遺物が出土しています。この地が食料の調達や、居住に適した環境であったことを物語っています。豊穣の地の恵は、県内最大の三つ城古墳の造営、安芸国分寺建立、酒都西条や学園都市へと、脈々と繋がってきたようです。ガガラ山・陣が平山・大学構内からの出土物は、学内博物館で観賞することが出来ます。古墳と言えば、下見の北西若宮神社の西方約100mの藪際に、石棺(方形40㎝角×160㎝)が露出し、無造作に放置されています。ご興味のある方は是非見学してみてください。
ガガラ山の配置と登山道は、前記のモデルコースで確認できます。ここでは、遺跡見学を取り入れたコース例を紹介します。大学南口の「フェニックス国際センターミライクリエ」前を発着とします。
【ミライクリエ(少し西へ)→総合科学部前(北上)→教育学部博物館(見学、東へ)→サタケメモリアルホール(小休憩)→本部・理学部経由→広大前通り(横断歩道を東側へ)→山中池南遺跡第2地点(見学)→ガガラ山(頂上へ)→尾根道経由→鏡西谷遺跡(見学)→鏡西通り経由(北へ)→山中池学生宿舎(西へ)→山中池(遺跡第4地点)→門脇川へ降りる→広大前通り(暗渠を通り西側へ)→大学構内(川に沿って南下)→ミライクリエ】
なお、ミライクリエには喫茶室が、メモリアルホールには談話スペースがあります。
【注】2022年3月現在、博物館の開館日が不定のようで、上記のコースを実体験するには至っていません。所要時間は2時間程度と思われます。
ではタイムマシンに乗って1950年にタイムスリップし、このHPで紹介されている「ガガラ山縦断とキャンパス散策」コース(以下、このコース)を
歩いてみることにしよう。1950年と言えば戦争が終わって5年、国民全員がやっと何とか食べられるようになった頃だ。このときは
まだ日本は独立を回復していない。このHPを立ち上げている「下見やまみちの会」メンバーは大体この年あたりで生まれている。
団塊の世代が生まれ終わったのもこの頃だ。
コンビニなどはもちろん無いので、水と念のため軽いスナックを持参することを忘れないように。1980年代になって工学部の
移転が始まったので、それよりも30年も前のことだ、里山はほぼ完全な形で残っているに違いない。食料には皆苦労していたので
里山を利用して食料の調達も行われているだろう。しかし、このコースを歩く時に食料を失敬しようというような厚かましいことは
考えないように。到底そんな余裕など無い時代なのだ。
冗談はさておき、メンバー(現在は5名が活動している)の一人が古地図にGPSロガーのデータを載せるということを思いついたので
このコースを1950年当時の地図上に描いてみることにする。インターネットでこのような試みをする方はおられるかと
検索してみると、少数ながら報告が上がっていた。私の行った手順を簡単に記述するのでご興味がおありであれば試して
頂きたい。まず古地図は「今昔マップ」というキーワードで行き当たるサイトから必要な部分をコピーさせて頂く。
簡単な方法は
今昔マップの必要な部分をPC画面に表示し、そのスクリーンショットを撮り(jpg形式で保存される)、取得したスクリーンショットを
画像処理アプリを使って必要な部分を切り取る(なおもjpg形式)。そして出来上がったjpg形式の地図をドローソフト、あるいは
ネット上のオンラインサービスを使ってビットマップ(bmp)形式に変換する。ここまでくれば最高のアプリ、カシミール3Dで利用する
準備は完了である。カシミール3Dを使って出来ないことは何もないのではと改めて感心する。最後の準備は、用意したbmp形式の
画像の左上隅と右下隅の緯度・経度(その後分かったことであるが、2つの点は必ず
しも地図の左上隅と右下隅である必要はない。山頂や池など緯度・経度の測定をしやすい部分を選ぶと良い。但し、
2つの点の相互距離はなるべく離れていたほうが位置合わせの精度が上がるようだ)
を確定することである。カシミール3Dで国土地理院の地図が表示できる状態に
しておき、目的とする2つの点の緯度・経度を読み取って控えておく。次に、カシミール3Dで用意したbmp形式の地図を読み込み、
控えておいた緯度・経度を設定すればカシミール3Dの地図として登録できる。ここまで出来れば、GPSロガーのデータを
(必要であればgpx形式に変換し)カシミール3Dで読み込み、古地図の上に軌跡を描くことが出来る。もっとも、スマホを
使い慣れていればこのような面倒なことをしなくても、GPSロガーのデータをスマホの古地図表示アプリに直接読み込ませれば
良いようであるが、スマホ初心者の私にはカシミール3Dで処理するほうが容易である。
このコースを古地図の上に描いたものを見ると、集合場所も既に山の中で山頂付近は昔の山道に良く一致しているのが分かる。
また、山を離れ(現在の状態の意味で)一般道を歩いているところも山の裾部分を登り降りしていることが見て取れる。
現在の大学キャンパスにはぶどう畑が沢山あったと聞くが、それが地図上の小さな楔が沢山描かれている部分なのだろうか?
キャンパス内にも南北に道があるが、これはぶどう畑の作業用のものなのかどうか、考えると興味は尽きない。田口と
いう地名が右から書いてあるのにも時代を感じる。
このコースを実際に歩いてみて、古地図を見返すと、それこそタイムマシンに
本当に乗ったような錯覚に陥る。是非とも下見里山にお出で頂きたい。
大學構内を、下見里山「5座6拠」(*注)に選んだ理由について、「・・・勧め(4)」で述べています。幾つかの理由はありましたが、里山2座を管理していることや、小川が流れ、池や林がある広大な構内を市民に開放していることなどが主な要因でした。“やま”と言えば、山の歌「坊がつる賛歌」は人気がありました。この元歌は、「広島高師の山男」なのです。歌詞は6番までありますが、1番と2番を記すと、
1.同じ山へのあこがれを 胸に抱いてゆく道は
教えの道ぞ山男 広島高師の山男
2.人みな花に酔う時も 残雪恋いて山に入り
涙を流す山男 雪解の水に春を知る
2番の歌詞は、「坊がつる」の1番と同一で、もちろんメロディーもほぼ同一です。広島高等師範學校は、広島大学教育学部の元祖にあたります。中国・四国・九州で義務教育を受けた高齢者(60歳台以上)は、大なり小なり師範学校出身教師の恩恵を受けていると思われます。広島大学教育学部付属の小学校・中学校・高等学校は東広島市内へは移転しませんでした。下見地区には、医学・歯学・薬学の3学部を広島市内に残して、9学部が移転しています。構成員数は、学生・教職員・家族を併せると、優に3万名を上回ると思われ、「下見里山」は「遊学の里」でもあります。(*注:「5座6拠」は下見地区と鏡山地区にまたがっていますが、便宜上、下見地区と呼ぶことにします。)
構内トレッキングに関して、学部などの構内建物配置の概略図を示します。大まかに、構内北部にはブールバールに沿って、東から西へ「理学部、本部、法学部、経済学部、文学部」が。東部には北から南へ「(理学部)、工学部、情報工学部、生物生産学部」。西部北から南へ「教育学部、総合科学部」。中央部北から南へ、「山中池を流れ出た門脇川が、ブドウ池の水を加えて田口方面黒瀬川へ流れ込んで」います。南部は道を挟んで「屋外プール、運動場、野球場」があります。トレッキングルートの選定は、この配置図を参考に各自で行ってください。HPの最初にガガラ山と構内を組み合わせたルートが例示されています。ここでは、二神山の東ピーク(往復30分追加)を組み入れることをお勧めします。教育学部から県道へ出るとすぐ二神交差点があります。この西側が二神山で、山裾の竹やぶに登山口が見えます。ここから約15分で東ピークに達します。ピークから東方直下に広大構内が鳥瞰できます。南方下に水道局の貯水タンクが2基見えますが、下山はタンクの西側を回って、登山口の竹やぶへ戻ります。この下山道は多少荒れているので注意が必要です。二神山のPRポイントは、見晴らし(3ピーク+展望所)、ツツジ(4月中旬)、せせらぎ(温井川)です。秋であればクリ拾いもできます。全山を視野にコース設定を行うと最低限1時間の追加を要します。二神交差点南150m山側に設置されている、散策案内板をご参照ください。
図は大学構内建物配置図です。広島大学ホームページより引用しました。なお、図の中の数字ごとの建物の名称は次のとおりです(建物番号が小さくて
見えにくい場合はブラウザのズーム機能をお使い下さい)。
まさか期待して待っておられる方は居られないと思うが、拙文「2021年3月30日」で触れた八幡山(のみならず全5座について)
散歩ルートが確定できたので報告する。以下、各山の引用を簡略化するため、次のようにアルファベット2文字の略称を
使用する。この2文字は図の中にも書いてある。二神山(FT)、鏡山(KG)、ガガラ山(GR)、陣が平山(JB)、八幡山(HM)である。
前記拙文を読んでおられない方が多数だと思うので概略を書く。個人差はあると思うが高齢者(概ね65歳以上)が週3回程度
気軽に散歩するに適した距離は10キロ程度と思われる。慣れてくると10キロ歩いただけでは大した運動にはならない。
これは効率的な歩き方ができるようになるためで、それはそれで結構なのだが、やはり運動不足を解消するにはある程度の負荷を
体にかける必要がある。重いものを持って歩くという方法もあるが、運動部の練習でもあるまいし、もう少し良い方法はと考えると
登り下りの運動を入れるのが良さそうである。散歩ルートに丘があれば良いし、神社の階段があれば申し分ない。しかし、更に
楽しく体に負荷をかけるという意味では散歩ルートに山歩きを入れるのが最適であろう。散歩の
延長であるから本格的な山登りを加えるのは適当とは言えない。そこで里山の登場である。
散歩ルートに里山を入れれば適度な
運動となり、里山保全にも役立つ。Win-Winの関係である。我が下見里山には5座あるので、それぞれについて散歩に組み込むのに
ふさわしいルートを探し求めるというのが私の個人的プロジェクトの目的であり、このたびやっとそれを果たすことができた。
FTについては下見里山活動を始める前から歩いていたし、KG,GR,JBはいずれも良く整備されているので散歩ルートは容易に
定めることができた。問題はHMだった。そもそも下見里山活動を始めたときの最大の目的はHMを散歩ルートに組み込むことであったが
私の山歩き技術の拙さのため、合計5回程度の試行錯誤が必要だった。やっとのことでHMの散歩ルートが定まったというのが
偽らざるところである。山中の散歩ルートは次の基準で定めた。
(1)山を制覇した気分に浸りたいので可能な限り尾根線全体を歩く。但し尾根線の長い
KGはこの限りではない。(2)可能な限り山頂、もしくはその近くを通過する。(3)散歩ルートにふさわしく、考え事をしながらでも
転倒することなく、また道を間違えることのないルートを選ぶ。
出来上がった5つのルートはいずれもこれらの条件を満足していると思われるが、HMについては(3)を完全に満たしているとは言えない。
それぞれのルートは図に書いてある。小さくて見えづらいところはHPの各おすすめコース記事と合わせて読んでいただきたい。それでは
それぞれの概略を書く。
FT:この山へは南側から入るルートとした。西口にはソーラーパネルがあり分かりやすい。山道は十分に広く、快適に歩くことができる。
山道を北向きに歩いていると、頂上方向への矢印のある看板が出ている。ここからが本格的な山道である。なお、体に疲れを感じる場合は
山頂に向かわず、そのまま真っすぐに歩いて行き、運送会社方面出口にたどり着くということも可能である。山頂近くなると階段が整備されているところがあり、
更に山頂に近づくと贅沢な手すりまで設置されている。至れり尽せりである。山頂から大学方向がよく見えるので小休止できる。
山頂を降りて尾根線に入り、まず
西のピークというところに到着する。ここにも眺望の効くところがある。そこを離れ、方向を東方面に変え(山の構造がそのようになっている)
階段なども利用して東のピークに向かう。東のピーク手前でこの山でもっとも眺望の効くところを通過する。ここでは賀茂台地の景色を
満喫できる。東のピークを過ぎるとあとは下るだけで、ほどなく運送会社出口に到着できる。この山で迷うことはまず無いだろう。
GR:この山のルート入口はメインページにある「ガガラ山縦断とキャンパス散策」のルート入口と同じである。違いは一大決心を要する三叉路で
左の道をとるところにある。FTの場合と同様、この山は良く整備されており、迷う心配も皆無である。あっという間に鏡西通りに出ることが
できる。なお、地図には鏡山と書いてあるが、これは鏡山(二)の一部が見えているのであり、山の名前ではないので注意が必要だ。
山頂付近に紛らわしいことは書かないでほしい。今回紹介している5座のうち、このコースは距離も短く、整備状況も良いので
山道散歩コースを初めて経験なさる方には特にお勧めしたい。
KG:鏡山公園は人が多くて散歩目的には敬遠したいと思うならばこのルートはあなたのためにある。大学学生宿舎を右手に見ながら
鏡西通りを登ってゆくとやがて左手に立派なコンクリート柵(茶色に塗ってある)と階段が見えてくる。恐らく鏡山公園整備の一環として設置されたのだろう。
しかしあまり利用されていないようで、階段が草に覆われていることも多々ある。この階段を利用して鏡山頂上に向かう。道はよく整備されており
大きな岩を何度か迂回すれば鏡山頂上に到着する。頂上付近はこの文書執筆時点ではまだ古ぼけたブルーシートがかけてあり、
景観を損なっている。このブルーシートは西日本豪雨のとき遺跡を守るために敷き詰められたものであり、ここは我慢しよう。
頂上からのほぼ360度の眺望を楽しむことができる。北側の山が邪魔だとは思わないでほしい。これらはJBとHMである。
眺望を楽しんだら東側へと山道をたどり、最終的に下りの階段に出くわす。階段を降りる途中で右手にピンクリボンを見つけると思う。
これがメインページの「鏡山大周回」コースに掲載してある最後の写真にあるピンクリボンである。このピンクリボンのところを右に
入ると奥田東山へと向かうが、ここは我慢してそのまま階段を降り、奥田大池の側を通って山を降りることにする。この山道ルートの
整備状況も申し分ない。
JB:下見里山5座のうちでもっとも目立たない存在である。しかしこの山の南斜面(ブールバール沿い)には大学付属の幼稚園があり
山道もよく整備されている。この山へは北西側から入ることにする。目印としては付近団地のゴミステーションがある。このゴミステーションの
すぐ近くに登り口を見つけるのは容易い。何を隠そう、私が八幡山だと思い込んで登り始めた登り口で私にとっては記念すべき下見里山との出会いの場である。
登り始めるとこの道は墓地(古代人のでは無く近代人の)へ至るものであると気付く。いくつかの墓場のグループを山頂に向かうように迂回しながら
抜けていくとやがて墓地銀座を抜けて、良く整備された道に出ることができる。そして小さい子供向けのブランコ(自然木を利用したもの)などを
見ながら歩くことになる。途中で幼稚園の方向を示す看板があるので、注意して幼稚園に向かわない方向に歩くことにする。
山頂付近には立派なステージ(園児のために何かの催しでもするのだろうか)があるので、ここで小休止とするのも良い。この場所がコースの中で
もっとも眺望の効くところであり、鏡西通りが良く見える。あとは良く整備された山道を東側に歩けば迷うこと無く八陣通りに出る。余りに順調に
歩けるのでどこが頂上かわからないほどである。
HM:そして最後にこの山である。前記のごとくこの山は他と比較して整備されておらず、散歩コースに入れるには多少の躊躇を
禁じ得ない。逆に言えば、散歩コースに山道を入れたと最も実感できるコースだ。私自身この山の散歩コースを定めるにあたり、何度も試行錯誤し、
この度定めたものが最終的なものとは思えず、今後も見直しが必要かもしれない。しかし大枠では3つの条件に合致しているものと考えている。
登り口はわかり易さを考え、八陣通りにある団地(森永池の南方)への入口に最も近く道路の反対側にある柵のある登り口とした。柵に沿って登って
行き、柵が切れたところに比較的広い山道があるのでこれに沿うことにする。なお、この山道と反対側に登ってゆくと、檜の林を通って頂上に至ることもできる。
比較的広い山道を辿ってゆくとやがてピンクリボンが右手に見え、本格的な山道となる。山の斜面をピンクリボンを定期的に確認しながら登り続けると
山頂に至るのであるが、この付近は山道が複数あり、どれが目的とする道なのか分からなくなることも多々ある。私自身、登るたびに別の道を
歩いているように思うが、ともかく登る方向に進んでゆけば多少の藪漕ぎはあるかも知れないが尾根線のピンクリボンに行き当たることができる。
山歩きの醍醐味である。1分以上過ぎてもピンクリボンが見当たらない場合、躊躇なく最後にピンクリボンを見た位置まで引き返してほしい。
山自体は大きくないので登るか下るかを明確にしておけば遭難することはないのでそこは安心願いたい。うまく尾根線のピンクリボンに辿り着いたら
その尾根線を右にとる。やがてこの山のシンボルである頂上の(文字が読み取れない)記念碑に到着する。頂上の三角点もすぐ近くにある。
この場所で必要に応じて小休止したら尾根線を引き返すように歩き、あとは尾根線に沿って散歩を続ける。簡単に書けばこうなるが、尾根線を
辿るというのはこの場所では難易度が高い。それらしい道がいくつもあり、ピンクリボンも複数の選択肢を与えるからである。最初から正解を
見つけるのは難しいかも知れないが、失敗を恐れず(間違った場所に降りてしまった場合は次回への反省に役立てる)ブールバールをイメージし、
それと平行に進むという感じで歩いていくとやがて給水タンク天井の白色が林の間に見えてくる。給水場の鉄柵を左に見るように下山すれば
程なく国道2号線の側路に出ることができる。なお、下りは思いの外、急なので慎重に歩いてほしい。散歩というよりは登山に近い感覚である。
繰り返すが、このルートは初回から目的とするものに行き当たるとは限らない。むしろ、そうでない可能性のほうが高い。うまく行かなかった
場合は日を改めまた挑戦してほしい。この繰り返しをする間にあなたの心は確実に八幡山に絡め取られていく。
以上で5座を散歩コースに組み込む場合の概略紹介を終える。参考のため我が家からこれらの散歩コース(自宅から出発し、一般道、
山道、一般道の順に通過して自宅に戻る)の距離を提示する。FT:9.9キロ、KG:7.2キロ、GR:7.1キロ、JB:8.7キロ、HM:7.5キロである。
一般道の歩き方がそれぞれ違うので山までの距離が総距離を反映していない。一番長いFTで2時間30分程度、その他は2時間前後の
所要時間で年金生活者の時間つぶしにもなっている。5座が似たような距離にあるということは私は5座の焦点に住んでいるようで、
幸運に思う。どこまでも自己陶酔型の人間である。
この文章を辛抱強くここまで読まれたあなたは直ちに思い浮かべるかも知れない。
GR-KGとJB-HMという接続である。そう、あなたは正しい。鏡西通り、八陣通りをそれぞれに挟んでこれらの接続は可能である。しかし私は接続を
強くはお勧めしない(もちろん拒みもしない)。散歩ルートに2つの山を加えると日常の散歩コースの限度を超えると考えるからである。
紹介した5座を月金で歩き、週末は休養に当てるということを実行する人はいないと思うが、もしあなたがそれを実行したら、あなたは
スーパーサイヤ人ならぬスーパー里山人になる。こういう私もいつかはやってやろうと思うが、私の場合はスーパー変人となるに違いない。
冗談はさておき、下見里山を積極的に散歩コースに組み込み、健康増進に役立てていただきたい。
後日記入:下見里山散歩コースを毎日歩くと腰に過度の負担がかかる場合がある。詳しくは雑感(3)にある記事をお読みいただきたい。
前稿を書き上げた後は散歩に出て下見里山が見えるたびに思わず微笑み、大きな達成感が得られ、悦に入っていたが、それも3日程度であった。
この自己満足期間が過ぎると、次第に何かが欠如していると感じるようになり、夜も寝られないというほどではないが(私は大げさな人間である)、
欠如感が日に日に増すばかりであった。改めて我がHPを見直していると、思い当たった。そうだ、我々は下見里山を「五座六拠」と呼ぶではないか、
では「五座六コース」が適切であろう。というわけで鏡山東コース(略称 KH)である。KGコースを一度でも歩かれた方は最後の階段を降りるとき、
奥田東山への入口のピンクリボンを断腸の思いでやりすごしたことだろう。ご安心願いたい、以下がお待ちかね六番目の下見里山散歩コース(KH)である。
入口はKGの出口に等しいので簡単である。以下は地図を参照しながらお読みいただきたい。
ブールバールから鏡山公園中央入口をうどんレストランに沿うように入り込めば、奥田大池の東側を
南北に延びる道に出る。この道は人気の散歩ルートのようで、ほとんどいつでも誰かとすれ違う。ほぼ例外なく私のような高齢者である。
ここで声がけをしてKHコースに誘えばよいのであるが、それは私のような小心者には無理というものである。池の側の道が終わると公園内を
東西に延びる道となり、程なく鏡山頂上への登山道に行き当たる。ここからがすれ違う人もほとんど見かけない孤独な散歩の始まりである。
山道の最初の部分は広さは十分なのだが、木の根が地上にむき出しになっていて歩き難いことこの上ない。足元を注意深く見て転倒しないよう
歩いてほしい。この悪路はすぐに終わり、立派な階段へと導かれる。ここから奥田東山への入口(ピンクリボンあり)までの距離が思った以上に長く、私の場合、
全散歩行程で消費するエネルギーのうち20%程度をここで使ってしまうのではと思うほどである。散歩コースに山道を入れることの効果が痛いほど
実感できる。ピンクリボンに到着したら左折し、奥田東山への向かおう。この場所は実は我々のグループが開いた思い出の地である。ここを通るたびに
道が拡がっているように見える。これは我々のHPを見て足を踏み入れる人が増えたためであろうか?もしそうであればこの上ない喜びである。
奥田東山へは始めは山道を下るように進む。するとあまり使われていないと見える古道(地図の点線)に行き当たり、この道の反対側の山に向けて
登っていく。時々頭頂部が赤く塗ってあるコンクリート製の杭を見かける。この杭に沿って山を登っていけば奥田東山へ行くことができる。
杭を注意深く見ると「文部省」と刻印してあるのが分かり、昭和を感じる。「なぜここに文部省の杭が」と思われた方は鏡山公園の生い立ちを
ネットなどで調べてほしい。歴史の一コマを知ることができる。
奥田東山というのは我々グループが名付けた通称であり、どこにも三角点などは無い。下り始めたら奥田東山を通過したのだろうと感じるしかない。
文部省の杭はどんどんと続いているが、これを頼りに進んでいくとサイエンスパークの中にあるテニスコート付近に出る。このルートは良く整備してあるのだが、
残念ながら山道を堪能したという気にはならない。途中で文部省の杭を離れ、南東方向に歩けばサイエンスパークの給水タンクを経由して酒類研究所の方向に
向かうことができる。これはメインページにある「鏡山大周回」コースの入口へと向かう道である。これを利用しても良いのだが、給水タンクを過ぎたあたりからは
散歩道というより登山道に近いものとなるので、KHには含めないことにした。どれを選んだかというと、奥田東山から下山していると左手にピンクリボンを
見つけることができるので、ここから東側に向かうことにし、KHルートとした。このあたりは我々が比較的最近(執筆時点)に整備したところなので
まだ道幅も狭いが、ピンクリボンに沿って歩けば迷うことはない。やがて竹やぶに入り込む。竹やぶを一人で進むと、竹取の翁に変身してしまうのでは
ないかと錯覚する。しかし、竹やぶが長いので、取られるのは竹でではなく、山自体ではないかと思うようになる。竹が山を蝕んでいる様子を目にすると
空から竹取の翁の集団が舞い降りてきて竹を駆逐し、もとの針葉樹・広葉樹を返してくれと叫びたくなる。などと考えて歩いているとやがて神社(為実神社)の
裏に到着する。私はここで散歩コースの山道を無事に歩くことができたと感謝して手を合わせるようにしている。心の洗濯である。
この神社を降りて里道に出るのであるが、折角であるから鏡山の裾に近いところを歩くのがお勧めである。KH:10.1キロ。私にとっては
一番長いコースであるが、魅力的なコースである。
これで私が個人的に進めていた「下見里山散歩ルート設定プロジェクト」は完結できた。今後は山道を歩きながら次のプロジェクトを何にするか考える
ことにする。いつの日か下見里山でお会いしよう。